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2007年度セミナー

「Cerebral blood flow regulation during exercise」

小河繁彦

小河繁彦(University of North Texas , Health Science Center)

2007年度基礎体力研究所セミナーは10月4日に、アメリカのUniversity of North Texasから、小河 繁彦先生をお迎えし「Cerebral blood flow regulation during exercise」と題した研究セミナーを行った。小河先生は、京都大学大学院で学位を取られた後、「運動時の圧受容器反射」の研究で世界的に著名なP. Raven博士(University of North Texas)の下で博士研究員を数年務められ、現在はResearch Assistant Professorとして研究に従事されている。小河先生は、「圧受容器反射と循環調節」に関する研究を精力的に進めてこられ、近年では「運動時の脳循環調節」といった新しい研究領域にチャレンジされている。その研究成果は、Journal of Physiology 、Journal of Applied Physiologyといった生理学系の学術雑誌に数多く掲載されている他、これまでにアメリカスポーツ医学会(ACSM)、アメリカ生理学会(APS)のresearch awardを受賞されるなど、応用生理学・運動生理学の研究分野では世界的に注目されている研究者の一人である。現在、本研究所でも「運動時の脳血流調節」の研究課題をスタートさせており、今回の小河先生のセミナーはまさに我々の研究を発展させていくための、良い機会となった。セミナーの前には、我々の実験に立ち会って頂き、アドバイスを頂いた。さらに、研究員とのデータディスカッションでは、学会以上に盛んな討論が交わされた。

セミナー概要

まず始めに、運動時の脳循環と運動パフォーマンスとの関係について先生のお考えをお話してくださった。たとえば、暑熱環境下でのマラソンのような過酷な運動では、脳血流調節が、パフォーマンスの制限因子となる可能性があること。また、ウエイトリフティングのような極めて高強度の運動時には、稀に脳出血や失神(ブラックアウト)を起こすことが知られているが、これらの要因には過度の脳血流の増減や血管収縮が関与しているとのことである。さらには、起立耐性の低下には、脳血流調節のでコンディショニングが圧受容器反射の低下に関連し、起こっている可能性があるとのことである。

脳血流の測定法には様々な方法がある。侵襲的な方法としては、Kety-Scmidt法やキセノンクリアランス法があり、非侵襲的な方法としては、PET、MRI、近赤外分光装置(NIRS)、超音波診断装置(ドップラー)を用いた方法がある。近年では、Transcranial Doppler (TCD)法やNIRSを用いた測定が、時間分解能が優れているといった利点から盛んに用いられている。小河先生のグループでは主に、TCD法を用いて中大脳動脈(MCA)の血流速度を評価しているとのことである。

これまで、「運動時には脳血流は安静時から変化しない」とする説が有力であり、生理学の教科書などでも「脳血流は極めて多くの生理学的環境下で一定に保たれる」とされてきた。この説は、脳の自己調節機能(オートレギュレーション)に基づいている。この機能は、血圧の変化に対しmyogenicに血管緊張性(vascular tone) を調節することで、血流を一定に保つ働きである。しかしながら、近年のTCDやNIRSを用いた研究では「運動時に脳血流は増加する」とした新たな見解が得られている。この血流増加は、運動に伴う脳の代謝および神経活動の増加に由来したものであるが、複雑なメカニズムが関与し、現在運動生理学の分野ではトピックスとなっている。臨床的にも脳血流調節は重要な研究課題であり、たとえば興味あることに重度の高血圧患者は、自己調節機能が低下しており、これは脳卒中の危険性を高める一つの要因であるとされている。

自己調節機能に加えて、動脈血二酸化炭素濃度(PaCO2)は、脳血流の重要な調節因子であるとされる。すなわち、高炭酸症により著しい血管拡張が生じ、一方低炭酸症では血管収縮が生じる。これまで、二酸化炭素の変化に対する脳血流増減の感度(CO2reactivity)が運動時に変化するか否かは不明であった。最近の研究では、CO2reactivityは運動時に増加するとのことである。また、高強度の動的運動時には脳血流量が低下するが、この低下にはhyperventirationにとるPaCO2の低下が影響している。一方、これまで、動脈血酸素濃度(PaO2)はPaCO2に比べ脳血流に対する影響が少ないとされてきたが、小河先生のグループによる最新の研究では、低酸素環境時(hypoxia)には脳の自己調節機能が低下するとのことであった。この機能低下は、睡眠時無呼吸症候群と脳卒中の関連性を示唆するデータであり大変興味深い。

圧受容器反射(baroreflex)と脳血流調節の関係性はこれまで不明であった。小河先生らは伝達関数を用いて、潅流圧(perfusion pressure)と脳血流量の関係を検討している。その研究成果によれば、疲労困憊に至るような運動時には脳の自己調節機能が低下しているとのことであり、圧受容器反射と脳循環調節との関連性を意味する。また、心拍出量の増減はperfusion pressureを変化させる要因となる。先生らの研究では、自転車運動時に心拍出量をアルブミン投与やLBNPにより心拍出量を増減させると、直接的に脳血流量に影響することが明らかになっている。これは、運動時の脳血流調節因子を明らかにする上では、非常にインパクトが高い知見である。

運動時の脳血流調節は複雑な因子が相互的に連関を持つとされる。運動時の循環調節および血管調節には交感神経活動が直接的に作用することが知られているが、脳血流や脳血管に対する影響は無いとされてきた。しかしながら、解剖学的には脳血管は豊富な交感神経支配を受けていることや、動物実験での交感神経と自己調節機能の関連性から、交感神経が運動時の脳血流調節に影響する可能性が示唆されている。実際に小河先生のグループの研究からもこの可能性が高いとのことである。例えば、Prazosinとういう薬物を投与し交感神経をブロックすると、急激な血圧低下に対する脳血管拡張作用が阻害されることから、交感神経が直接的にvascular toneの調節に関与することを小河先生らのデータは示している。この結果はこれまでの生理学的知見を覆す重要な知見であるとのことである。

今回の小河先生のセミナーは、これまでの研究背景と最新のデータが織り交ぜられた分かりやすい内容であった。セミナー全体を通して、小河先生の研究に対する真摯な姿勢と、豊富なアイディア、考察の奥深さを感じた。我々研究者にとっても大変有意義な時間を過ごすことができ、研究に対する情熱がかき立てられるセミナーであった。セミナーの余韻がそのまま、小河先生と親交の深い研究者を交えたナイトサイエンスミーティングまで続いたことは言うまでもないであろう。また、セミナー当日は平日にも関わらず、この分野に興味を持つ多くの大学院生や、若手研究者が参加してくださった。合わせて感謝の意を表したいと思います。

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