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教員系
中学校・体育教師

伊澤 美緒(2003年度・健康スポーツ学専攻卒)

私立中学校教員


ずっと思い続けていたからなれた。

伊澤さんは教員志望でしたが、思うところがあって一般企業に就職しました。6年後に、念願の教員になることができました。一見遠回りのようですが、伊澤さんにとっては企業での体験が教員になるために必要なプロセスだったようです。
<2009.08収録>

体育の先生になったんだって?

そうなんです。4月から私立の中高一貫校で教えています。ずっと教員になりたいと思っていましたが、社会人6年目にしてやっとなれました。思えば長い助走でした。夢って、思い続けていればかなうんですね。

卒業した時は一般企業に行ったんですよね?

はい。教員志望でしたが、あの頃は「新卒で先生なんてできない。教員になるのは企業で働いて社会経験を積んでから。」と思っていました。大学の合同説明会で、居酒屋チェーンの会社に出会い、社長のお話を直接聞く機会があって、「おもしろい会社だ。」と思いました。その社長には、教育関係に進出したいという夢がありました。

他にもいろんな会社に面接に行きましたが、結局その時のお話以上のものは聞けず、居酒屋チェーン店で働く決心をしました。大学の先生にはすごく反対されました。私が教員志望なのを知っていたからです。就職課(現キャリアセンター)の人にも、「ほんとにいいの?」って言われました。その頃の日記を見ると、自分の気持ちもブレブレでした。

どんな仕事でした?

お店に配属されて、ホールで接客をしたり、キッチンでご飯を作ったり...。仕事は大変だったけど、楽しかったです。自分は接客に向いていると思いました。北千住、小岩、錦糸町、大鳥居、品川と、2年間のうちに5回お店が変わって、そのたびに引っ越しました。2店舗めで副店長になって、5店舗めで店長になりました。

店長時代がやはりいちばん充実していました。ただ忙しすぎて、自分の時間はなかったですね。店長になると、働いても休んでもお給料は変わらないんですけど、当時は代わりの責任者がいなかったので自分も休むのが不安で、月1回休めればいいほうでした。

接客は楽しいんですけど、体力的には厳しいものがありました。12時間立ちっぱなしで、トイレに行く暇もなくて、膀胱炎になったりしました。酔っているお客様を相手にするのは、精神的にも疲れました。いちばんつらかったのは、よく寝られないことでした。夕方5時から翌朝5時までの営業なので、朝、帰ってから寝るんですけど、もともと朝型人間なのでいくら寝ても眠かった。

そういう仕事の大変さは、下の立場でも上に立っても、同じように大変でした。

そういう仕事だってわかっていた?

はい。そういうことは全部わかった上で入りました。会社の理念に共感してでしたが、お店に入っちゃったら、会社も理念も関係なく、とにかく目の前のお客様のためにがんばるだけでした。現場でお客様を満足させてあげること、イコール会社の理念なんです。あそこでやってきたことは、ほんとに修行でしたね。過酷な修行でした。

いつまで働いていたの?

2年間働きました。店長をやっていたときに、職場で知り合った男性と結婚しました。相手は当時のお店のマネージャーです。それで結婚を機に退職しました。教員になりたいという気持ちが根底にあったので、勉強をし直して教員試験を受けてみようと思ったんです。

でもその頃、会社も念願の教育関係に進出していて、社長は私立の中高一貫校の理事長になっていました。理事長の耳に私のことが伝わって、学校の事務なら空いていると言われ、私は少しでも教育の現場に近いところに行きたかったので、やらせてくださいとお願いしました。

最初は学校に事務職として入った?

はい。2年間経理をやっていました。簿記を勉強して、毎日帳簿とにらめっこ。体育会系の血が流れているので、パソコンの前でずうっと座っているのは苦痛でしたが、色んな先生と知り合いになれたり、学校のお金の流れがわかってきたりすると、仕事が面白くなってきました。それに、自分もいつかこの学校で教員としてやれるのではという思いもあり、結構楽しく働いていました。

古い伝統を持つ学校で、建学以来ずっと男子校だったのですが、ある日共学になることが決まりました。そこで女子を教える体育の先生が必要だということになり、私がということになり...。やっと、教員の道が見えてきました。

でもちょうどその時、私に子どもができました。そこで、いったん育児休暇を取って復帰後に教員として働くことになりました。子どもがタイミング良く4月1日に生まれたので、まるまる1年間の育児休暇を取り今年の4月1日から、教員として学校に復帰しました。「この子は空気を読んでるわ。」と思いました(笑)。女の子で、今1歳3ヶ月です。

念願の先生をやってみてどうでしたか?

子どもがまだ小さいので、今は非常勤として働いているんですが、教員になる前は不安でしょうがなかったんです。やる前って、1歩踏み出すまで怖いじゃないですか。「どうなっちゃうのかな?ほんとにできるのかな?」って胃が痛くなるくらい悩みました。

「何を教えればいいんですか?」って聞いて、取りあえず競技のルールやキックの方法とか準備体操などをおさらいして、あとはぶっつけ本番で現場に入っていきました。チームティーチングだったので、先輩のアドバイスもいただきながらなんとかやっています。

育児休暇で1年間まったく何もしなかったので体力的にも心配で、職場に戻る前に「ビリーズブートキャンプ」をやったんですけど、あんまり運動すると母乳がでてきちゃうんですよ。だからまだあんまり動けないんですけど、授業では自分自身はそんなに動かないので。むしろ生徒を動かすほうが大変です。

どんなところが大変?

今教えているのは、中1と中2の男子で、サッカーとかバスケットを教えるんですが、技術を教える以前に、「しゃべるな!」とか、「こっち見て!」とか、「静かに!」とか、そういうことに時間を費やしてるほうが多い。

別に荒れた雰囲気の学校ではないんですけど、なんだろう、誰も喋らない状態で言わないと自分の気が済まないというか。

最初に、先輩の先生に「妥協しちゃだめだ。」って言われたので、「伝えたいことはちゃんと伝えよう。全員が喋るのをやめたら自分が喋ろう。」という姿勢で臨んでいるんです。こうと決めたことを少しでも曲げちゃうと、そこから授業が崩れていくような気がして。

自分にも信念がいる?

そう。その信念にも、太さがあって、ここからここまでというラインを決めて、そこから出たらビシッと言う。もっと懐を深くしながらラインをビシッと決められるといいんだろうけど、私はまだそこが狭いんだと思います。今はまだ模索中というか、反省ばっかりで、夢に出るくらいへこむときもあります。

怒ることもある?

すっごい怒りますよ(笑)。いや、でもぜんぜん怖くなくて、逆に生徒になめられています。だって、今までの体育が、男の先生でビシバシ言っていたのに、いきなり女の先生(しかも新任の)でしょ。

私も怒るのはいやなんですよ。人から嫌われたくないし。「あの先生、むかつく。」とか言われるといやじゃないですか。でも教師って、嫌われてなんぼの世界なんだなってつくづく思います。最近はそういう割り切りもできるようになりました。

最初は仲良くやりたいっていうのがあったんです。でもそのスタンスで行くといい授業ができない。やっぱり「この先生はそんなに怒らないから、喋っちゃおう、遊んじゃおう、ふざけちゃおう。」ってなっちゃう。厳しくもありやさしくもある、その両面が必要なんでしょうね。

モンスターペアレンツみたいな人は?

そこまでは出会ってないですけど、保護者からのクレームはありますよ。まあ小さいことですが。でもクレームをいただいたおかげで、生徒の言葉を流さずに聞いたり、意識も違ってきますから、クレームはもう「ありがたく頂戴します。」っていう感じです。

共学になるのは?

来年です。女子が入ってきたら、女子を教えることになります。でも中高の1年生から少しずつ増えていくので、いきなり女子が増えるのではないんですけど。でも今まで男子しか教えたことのない先生にとってはドキドキです。

共学の学校の女子の先生を招いて、どういう風に指導するべきかレクチャーを受けています。面談も、教室で1対1でやる時は必ずドアは開けておくとか、下の名前で呼んじゃだめとか、そういったレベルのことですが。そういう意味ではニチジョはさばけていましたね。もうなんでもOKみたいな(笑)。

仕事と育児は両立できていますか?

実はすごい不安だったんですけど、今は逆に子どもがいるので頑張れていると思います。非常勤なので担任もなく、授業以外の時間の拘束がないのも助かっています。今は4クラスもっていて、体育は2時間続きで、1日2時間ずつ週4回8コマやっています。

朝起きて、ご飯を作り洗濯や家事をして、子どもを8時半に保育園に預けて、1時間かけて学校に行って、9時から3時くらいまで授業をして、4時半までに保育園に迎えに行き、帰ってから子どもと遊ぶ...。どうにかこなせるくらいの量です。この今のバランスがちょうどいい。

でも無駄な時間はなくなりました。ぐうたらする時もたまにあるんですけど、それも無駄な時間じゃない。子どもができるまでは、朝ぎりぎりに起きてご飯も作れなくて慌ただしく出ていく毎日だったんですけど、今は逆に計画的に要領よく動けるようになりました。

非常勤ということについては?

子育てには非常勤は都合はいいんですが、悔しいこともたくさんあります。4時とか5時から学年や教科の会議があるのですが、それには出られない。だから組織に加われていない気がしちゃうんです。気持ちは、ほかの先生と同じようにやっているんですけど、どうしても学校への関わりが薄いと思われるし、他の先生には暗黙の了解のことが、私にはわからないこともある...。

あと、非常勤のお給料は、1時間3000円です。わたしは8コマなんで、月に9万6千円。結婚していなかったら生活は無理です。独身だったらかけもちしたりできると思うんですけど、育児しながらは無理ですね。シングルマザーにはなれませんね。

今はしょうがないですが、子どもが大きくなってきたら、もっと働く時間を増やしていきたい。でも、仕事も子育てもっていうスタンスは守り続けていきたいです。学校で育児をしながら教員をやっているのは、今は私しかいません。他の先生が子どもを生んだときのモデルケースと言うか、仕事と育児が両立できることも示したい。

子育てはいつか終わるから、そこからが本番ですね。

そうですね。早く専任になって、担任を持ちたいです。担任を持つことが教師にとって一人前になった証拠というか。専任になることをちょっとあせっていた時もありましたが、子育てを終えた女の先生に相談したら、「子育ては今だけだから、今の自分にとっていいバランスで働きなさい。」って言われて、あんまりガツガツしなくなりました。先は長いから、ここで自分をつぶしてもしょうがないかと。

ところで接客業と教師はどこが違いますか?たとえば教育を生徒のためのサービスというふうに考えられる?

サービスと言えるかどうかはわからないんですが、お客様のため、生徒のためということは変わらないと思います。ただ教師は生徒のためにやっていたとしても、生徒がそれに気づくのはひょっとしたら大人になってからかもしれませんね。「あの先生、ああ言ってたな。」とか、「いい先生だったな。」って思うのは。

接客業なら、私が言ったことに対して、たとえば「何になさいますか?」って言うと「ビール。」とか、すぐに反応が返ってきます。私はそういう世界にいたので、結果をすぐ求めちゃうのかもしれない。根本的に接客業と違うのは、一瞬か一生かということかもしれないですね。接客は一瞬、その時の2、3時間だけ楽しませればいい。

それにくらべると教師ってほんとに長い目でみないと。今この指導をしたからすぐに生徒が変わるわけではない。教頭先生のカウンセリングで、「1学期1年スパンで生徒を変えるぐらいの長い時間で見なきゃだめ。一言では変わらないし、でもその一言を積み上げていかないと変わらない。」って言われました。1時間の授業のために、いろんな本を10冊くらい読み合わせてやっている先生もいたり、そういうお話を聞くと教師ってすごい仕事だなと思いました。

でも、私はほんとにそういうことをやりたかった。だから今は仕事と思っていないですよ。なんだろう、趣味って言ったら申し訳ないですけど、仕事が楽しくてしょうがない。5年間ずっと我慢していた、学校の事務で指をくわえて見ていたことが、やっとできている。今、職員室にいる自分がうれしくてしょうがないんです。

社会経験をもっていることは、教師にとってアドバンテージになると思いますか?

接客や事務の仕事をしてきたことは、決して無駄になっていないと思います。接客ではもう、何千人何万人とか接客してきて、お客様への接し方を瞬時に判断することが求められました。学校の事務で、学校という事業のお金の流れを勉強できました。そして仕事の厳しさや大変さを身をもって体験してきたという自負もあります。

何かを本当に伝えたいとなったら、やっぱり自分の人間性をさらけださないと無理じゃないですか。そのときに、何をだせるのかですよね。わたしも全然なんですけど、少なくとも今までやってきた、そういうことが自分の核になっている。それがないと、生徒に何も伝えられないような気がします。

そういう意味で、社会経験は私の財産です。学校の中しか見てないと、学校が社会とかけ離れていってしまうような気がします。だから教師という仕事は、社会経験をしてからなったほうがいいと思うんです。

夢は?

これ言っちゃうと、ちょっとはずかしいんですけど、何年先になるかわからないですけど、学校の教頭です。校長じゃなく?いや、校長は...なれたらうれしいですけど、取りあえず教頭で。でも校長になれたらうれしいな。校長にしよう(笑)。

教頭とか校長とか、それぐらいまでいきたいです。生徒を教えることも楽しいですけど、先生のために働くことも、学校のためになる。それをちょっとやりたいというか、野望はあります。40代のうちにできればいいなと思っています。

あと、もし私が教えた生徒が「先生と同じ大学に行きたい。」と思ってくれたら、それはすごいうれしいですね。自分がアピールする訳じゃなくて、わたしを見てくれて、自然に行きたいって思ってくれたら。

ニチジョ生に言いたいことは?

思うぞんぶん遊んでおきなさいと言いたいです。遊びきってから、社会に行って我慢する(笑)。私は大学の時に、あれだけ遊びやりきったから、社会に出てから2年間は遊ばなくても良かったというか、我慢できた。だから大学生の時はもうやりたいことをやれって思いますね。

シュウカツも、とにかく壁を作らずに行けって思う。たとえ居酒屋にはいる気がなくても話だけは聞いてみる。私は3年生の終わり頃から全ての壁を取っ払って、4年生はまるまる吸収の年にしました。自分のなかで嫌いって思っちゃうと、脳が拒否しちゃうので、なんでもウェルカム状態にしておいたほうがいいと思います。すると自分のアンテナが広がりますよ。

あとは大人の人と喋ること。その中でいろんな世界が見えてくる。いろんな大人の人と喋るのは絶対いいことだと思う。

夢と仕事の両立については?

自分の夢を実現したかったら、何年かけてもそれを目指すべきだと思います。でもやっぱり大学を卒業したら、どこかには就職しなきゃいけないじゃないですか。だから、もし本意じゃない企業に行ったとしても、やりたい気持ちや夢を持ったまま行けばいいんですよ。あたしもいろんなこと言われましたけど、「大丈夫、いつかなるから大丈夫。」って思ってきました。

だから、最初の出口(就職先)はなんでもいい。いつかそこ(夢)に行こうという意志さえあれば。もし自分のやりたい仕事の会社が見つからなければ、それを実現するために起業するのもありだと思います。そのためにとりあえず一般企業で働いて土台を作っていくんです。

就職して、そこでほんとの自分を見つけることもあると思います。就職する時は納得していなくても、実際にやってみて「意外とこういう仕事向いてるんだ。」と思ったりすることもあるから。でもほんとは違うことがしたかったと思うんだったら、それができるように頑張ったほうがいい。

「夢を追い続けてばかりいると、生涯賃金がこんなに低くなってしまいますよ。」って言われたりすると、夢をあきらめちゃおうって思うかも知れません。それで納得して夢を変えるのも全然ありだと思いますよ。逆にそう言われても自分の意志を曲げない人じゃないと、夢を追ってはいけないのかも...。

伊澤さんは夢に執着した?

しました。あきらめたら、もう終わりですから。企業に就職しても、教員をやりたいってずうっと思っていたし、思い続けたからなれたと思います。もちろん自分だけの力じゃなく、タイミングや、周りの人の助けもあってのことなので、それはほんとに感謝ですね。ニチジョの先生に、「やっと教員になれましたよ。」ってご報告したいです。