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販売・接客系
インターネットフラワーショップ経営

山本(旧姓 柴田)芙沙子(2002年度・舞踊学専攻卒)

インターネットフラワーショップ経営


「踊る花屋」で頑張っています。

山本さんはインターネット販売で花屋を経営しています。ダンスの制作、ダンス雑誌の編集など、舞台に関わる仕事をずっとやってきた山本さんが始めた花屋は、他とは一味違っていました。
<2011.01収録>

花屋さんを始めたそうですね。

はい。舞台の制作の仕事をやっていたんですけど、ちょうど1年前に花屋になりました。舞台花を専門に扱っている、インターネット販売のお店です。

舞台花というのは?

舞台の公演やダンス教室の発表会で、出演者の方に贈るお花のことです。お花を贈りたい方からご注文をいただいて、劇場までお届けしています。私の花屋は、作品や演目のテーマにあわせたフラワーデザインが特徴です。発表会で自分がやった演目に合わせたお花を貰ったら、嬉しいと思いません?

例えばこれは、バレエの「シンデレラ」に合わせてアレンジメントしたものです。森の中の道をカボチャの馬車が走るシーンをイメージして作りました。またこれは、「クルミ割り人形」の金平糖の精をイメージしました。

公演のパンフレットやダンスの動画を見たり、昔自分が踊っていた記憶をたぐり寄せたりしながら、デザインを考えています。舞台は観るのも好きだし、いろんなダンスのことを調べるのも大好きなので楽しい仕事ですよ。

これはスペイン舞踊向けに、真っ赤な薔薇を使って扇やスカーフをあしらいました。フラメンコをやっている友達に見せて意見を貰ったり、自分でもやってみたりしながら作りました。

演目のイメージに合わせたフラワーアレンジメントですか?

そうです。いろんな演目があるので、イメージに合わせてオリジナルで作ったりもします。例えばこれは、沖縄戦の鎮魂がテーマのコンテンポラリーダンスのために、琉球布を使って作りました。これは、浅草の雷門を舞台にした演劇のために作りました。

これは、自分がかつて見た宝塚の「スカーレット・ピンパーネル」という作品をイメージしたものです。ブログに載せると、宝塚ファンはすごく喜んでくれました。

どうやって注文を受けているの?

デザインサンプルをサイトに載せているのでその中から選んでいただいたり、メールや電話でご要望をお聞きして演目の内容に合わせてオリジナルで作ったりしています。この間もOGから注文をいただいて、彼女が教えているダンス教室の生徒さんの発表会のために作りました。

お仕事ですが、自分も楽しめるようにいろんな提案をお客様にします。初めは、作るのにすごく時間がかかったんですが、最近は慣れてきてだんだん早くできるようになりました。でも時間単位でみれば、ビジネスとしてはまだまだですね。もっと回転するようになれば、バランスが取れてくると思いますが。

ネット販売でやろうと思ったのは何故?

経済的なリスクを避けたかったからです。実店舗を持つと家賃など色々な経費がかかってきます。ネット販売なら、家賃もいらないし、注文が入ってから材料を仕入れるので在庫も持たずに済み、その分安く商品をご提供できます。商品のサンプル写真も自分で撮っています。写真でだいぶんイメージが変わりますね。

どうして花屋になろうと思ったの?

それまでは、フリーでコンテンポラリーダンスの制作の仕事をやっていました。BATIKの黒田育世さんとかバレリーナの酒井はなさんとか、素敵なダンサーと一緒にお仕事をさせていただいて、ダンスの現場を間近に見てきました。スタッフに徹していましたが、正直自分も踊りたいと思う時もありました。

そんな時、町の商店街のウインドウディスプレイにふと目が止まりました。生け花が飾ってあって、チューリップが1本スーッと立ち上がっているだけなんですが、それがアバンギャルドというか現代的で、すごくかっこ良く見えたんです。こんなにシンプルなのに、宇宙のひろがりまで見えるような気がしました。

自分も何か物作りがしてみたいと思い、仕事の合間にその生け花教室に習いに行くようになりました。実際にやってみるとすごく奥深い世界で、私は今4年目ですが、20年30年も続けてやっと師範になれるような感じです。花の世界に触れて、町の花屋に自然と目に行くようになり、自分も花を仕事にできないかと思い始めました。

それで花屋になろうと思った?

花屋の本やブログを読んで花屋について徹底的に調べました。かなり大変な仕事らしいということは分かっていましたが、まずは花屋で働いてみることだと思って、自由が丘の花屋を見つけて、そこでアルバイトを始めました。店長以外はみんなアルバイトで、仕事は予想通りハードでした。

仕入れ担当の人がお花を仕入れて来るので、茎を切り戻して(割るとか折るとかいろんなルールがあるんですが)水につけます。前からあるお花の水を換える。鉢物に水をやる。接客やお店の掃除、レジ打ちや事務仕事など、色んな仕事がありました。一般的にイメージされる花束を作ったりラッピングしたりするような仕事は、全体のほんの一部でした。

生き物なので、とにかく枯れないように面倒をみるのが大変でした。枯れちゃうので在庫として残せないし、枯れるロスも想定して価格設定をしなくてはいけません。お店の家賃や設備費など色んな経費がかかることも知りました。

大学時代はアルバイトも世田谷パブリックシアターとか、舞台の仕事しかしたことがなかったので、花屋の仕事は新鮮で、自分にとって大きな転換期になりました。入って4、5カ月目で、小さいお店の副店長のような立場になり、自分なりに色も出して行きたいと思うようになってきました。

生け花以外にも花の勉強をしようと思って、仕事のかたわらフラワーアレンジメントの教室に通いました。同じ花でも、生け花は剣山、フラワーアレンジメントはオアシス(スポンジ)を使うというように、和物と洋物ではやり方が違いました。生け花は空間を見せる意識が強く、無駄なものを間引いていく感じですが、フラワーアレンジメントは塊というか、空間をしっかり埋めていく感じです。

花屋のアルバイトを1年半くらい続け、そこをやめてから半年ほどフラワーアレンジメント教室に通いつつ先生のアシスタントをさせていただいたりしながら、百貨店などで販売のお手伝いもしました。開業してみようと決心して独立しました。

開業するにはどうしたの?

インターネット販売と決めていたので、開業と言ってもサイトをオープンして開業届けを出しただけです。開業届を出すと青色申告できて3年間の赤字の繰り越しができます。そういうことを調べるのが大変でした。今も初めての確定申告で大変で、会計ソフトを買ってきてわからないところは青色申告会に電話して教えてもらっています。経理的なことは避けて通れないので、最近はビジネス書を読みまくっています。

仕入れとかはどうしたのですか?

近場の花市場を調べて、「開業予定なのですがどのように届け出したらよいのでしょうか」って電話で聞きました。競りに参加するには3年間の仕入れの経験が必要だということですが、仲卸しで買う分には花屋であれば特に届け出は必要ありませんでした。仲卸しは、市場からお花を買い付けて少しだけマージンをのせて、小口の花屋でも買えるように10本単位で売っています。花市場は家から自転車で20分くらいだったので、経費削減のために自転車で仕入れに行っています。

お花の他にもアレンジ用の器とかオアシスとか資材が必要なので、前に勤めていた花屋のツテやアレンジメントの師匠に聞いたりしながら探しました。「お店を始めた。」と言うと登録してくれて、仕入れ価格で買えるようになりました。

最初から舞台花専門にしようと?

最初は普通のアレンジメントでやっていました。でもすぐにそれじゃ駄目だと思いました。世の中にはお花屋さんはいっぱいあるし、大量に仕入れて安く提供する大手には、私はいくらやっても勝てません。価格競争にならないようにするにはどうしたらいいのか...?結論はやっぱり、自分にしかできないことをやるしかないと思いました。

どういう風に特化していくか、自分が花屋をやる意味はなんだろうと考えました。自分のやってきたことと言えば舞台のこと...。ダンサーとして、制作として、観客として、ずっと舞台に関わってきました。その経験とフラワーデザインを組み合わせれば、他にないものができるんじゃないかと思ったんです。あとはどこまでお客さんの希望に寄れるかでした。一旦作ったサイトを全部捨てて、一からやり直しました。

花屋になるまでのことを教えてください。

6歳の時からバレエを始め、宝塚に連れていってもらって、それ以来ミュージカル大好き少女になりました。誕生日プレゼントは全部公演チケットで、中高生の時はミュージカルや演劇関係の雑誌を買いまくっていました。ミュージカルの勉強をできる大学を探して、ミュージカルに入った先輩もいると聞いてニチジョに入りました。

高校生の時はジャズダンスもやっていましたが、自分のダンスは形はきれいでも表現が薄いという意識がありました。新入生歓迎会で、競技ダンス部の強い表現にびっくりして、自分もやってみようと思い入部しました。ミュージカルをやろうと思っていたんですけど、競技ダンス部はすごく忙しくて結局他のことは何もできませんでした。

大学時代は部活が忙しかったのであまり勉強もできませんでしたが、舞踊についての研究がしたくなり大学院に行きました。ダンスと社会をつなぐような仕事がしたいと思い、舞台の制作の仕事に就こうと思いました。修士論文は「コンテンポラリーダンスの助成の評価基準」というテーマで書きました。

大学を卒業してすぐに制作の道に行かなかったのは?

制作のことを調べたら、新卒の募集はなくて、インターンなどで経験を積むしかないとわかり、大学院で勉強しながらインターンやボランティアをやってみようと思って。埼玉芸術劇場や、パークタワー、世田谷パブリックシアターなど、いろんなところでインターンをやりました。

行く先々で「私は制作になりたいんです。何か仕事はないですか?」ってアピールしていました。大学の先生に紹介いただいたコンテンポラリーダンスの制作会社でも、BATIKやトヨタコレオグラフィーアワードなどのコンテンポラリーダンスの仕事をお手伝いしました。その縁が後にフリーの制作になる時に生きてきました。

大学院の時、セッションハウスで「舞台芸術マネージメント講座」を受け、そこで知り合った社長さんに「制作をサポートする会社だけど、良かったら働かない?」とお誘いを受け、そこに就職することになりました。会社は舞台公演のチラシを折り込んだり届けたりする仕事をやっていました。私は、お客さんの受付や、制作会社のサポートをしたりしました。

ちょうど1年たった頃、私が担当になった雑誌社の編集長から「うちに来ないか。」というお誘いを受けました。かなり悩みましたが、ダンスの編集の仕事はやってみたかったので、転職しました。ところが行ってみると、大変な現場で体を壊してしまいドクターストップがかかって、3カ月で辞めてしまいました。その後、フリーで制作会社の机を借りて、念願の制作の仕事を始めたんです。

制作はどんな仕事ですか?

「舞台と観客を結ぶ窓口」のような仕事です。制作という語感から、何かクリエイティブな仕事を連想すると思いますが、ほとんどの仕事で事務処理能力の高さを要求されます。

公演のPRをしたり、チラシやパンフの制作でデザイナーとやりとりしたり、簡単なものは自分で作ったり、座席の割り振りを決めたり、チケットを配ったり、いろんなことをやって、公演当日に劇場の受付でお客様をお迎えします。

制作にもいろいろあって、事務方に徹している人もいれば、ダンスの企画を立ち上げたりする人もいます。こういう公演を打とうとか、このダンサーを使おうか、この人に振り付けを頼もうとか、プロデュース的なことに関わってくる場合もあります。経験を積んで私も将来はプロデューサー的な仕事がしたいと思っていました。

制作の仕事をやめることを、良く思い切りましたね。

制作は私のあこがれの仕事だったので、仕事が来るようになってすごい嬉しかったし、素敵なダンサーと一緒にお仕事できて幸せでした。

おかしなもので、いざやめるとなったら、仕事の依頼が次から次と来たりして、ありがたいやら嬉しいやら、断るのも申し訳なくて、ついついやりたくなっちゃうんですけど、「自分は花屋を始めるんだから、ここで中途半端に仕事を受けちゃいけない。」と、お断りしました。

これからは、どうしていきたいですか?

花屋の方は、もうちょっと売り上げを安定させたいですね。うまく回っていくようになったら、外国のアレンジの勉強をしたり、素材を外国から仕入れたりして、一味違うアレンジが作れるようになりたい。ゆくゆくは、ディスプレイとか舞台とか、少しずつ大きい仕事ができるようになればいいなと思っています。

結婚したので、子どもも欲しいんです。ネット販売にしたのは、子どものことを考えたのもあります。今は資材の購入もネットでできるし宅配便などをうまく使って、家にいながらでも仕事はまわしていけると思います。

夢とか希望、やりたいことは無限大にあって、人生一度きりだから、明日死んでも悔いのないようにやりたいと思っています。実現可能かどうかはいちおう考えるけど、思ったことは自分ができる範囲で全部やってみようと思います。

最近、ジャズダンスをまた始めました。バレエのフロアバーレッスンもやっています。歌も勉強しています。昨年の12月には、久しぶりに舞台に出させていただきました。花屋になって、自分がやりたいこと、表現したいことに素直になれて、自分ももう一度踊ってみようと言う気になってきました。これからは「踊る花屋」で頑張って行きたいと思います。興味のある方は、"花 スカエナ"で検索してみてください。

最後にニチジョ生にアドバイスを。

ダンスなど続けたいものがあるのなら、そこに人生かけてみるのもいいんじゃないかと、卒業してから思いました。夢があるなら挑戦するのがいいと思います。一回しかない自分の人生、チャレンジできるチャンスと環境があるなら、何年かがむしゃらにやってみるといい。人生何があるか、やってみるまでわからないんですから。