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販売・接客系
ダンス用品販売

戸谷 知紗(2004年度・舞踊学専攻卒)

セキネ商事株式会社


「私はここでダンスをやめられるの?」って思った。

戸谷知紗さんは、ダンス用品販売の会社に勤めながら、社交ダンスを競技として続けています。またその他に、TV番組や舞台でもたまに踊ったりしています。

今の仕事を選んだ理由やきっかけは?

ニチジョでは、競技ダンスをやっていました。卒業後もアマチュアとして競技を続けたかったので、ダンスをやれる環境ということで今の会社を選びました。

どんな仕事ですか?

社交ダンス用の練習着やドレス、靴、バレエ用品を販売しています。全国に6店舗あって、私は横浜店にいます。私の主な仕事は接客です。お客さまは、趣味でダンスをやっている年配の方が多く、プロの方もいらっしゃいます。接客以外にも、ドレスにラインストーン(飾りの石)を貼ったり、靴の色を染めたりもします。

やりがいを感じることは?

お客さまが、自分が選ばせていただいたものを着て、いい成績が出たとか、人にほめられたとか、そんな時はうれしいですね。わざわざそのことを言いにきてくれるお客さまもいます。色々な人との関わりが持てるので、視野がちょっとだけ拡がったような気がします。また自分が競技をやっていて、お客さまから「この間のダンス見たわよ」って言ってもらえたり、応援してもらえるのもありがたいと思っています。 お客さまにとってのダンスは趣味だったりしますが、純粋にダンスを好きで楽しんでいるんだなって思います。そういう気持ちは競技をしていると忘れがちなので、あらためて教えていただいたりします。

ダンスの活動は?

試合は、基本的に日曜日です。大きい大会は年に4回くらい。日本の上位の人が参戦してくるレベルの高い大会です。そのうちのひとつはインターナショナル戦で外国人も参戦します。また、自分達のランクをあげるために地方戦などの小さい試合にも出ます。こちらは多い時には毎週あります。

会社全体で競技をしているのは5人くらい。横浜店では私だけです。練習は、パートナーと時間をあわせて平日の勤務後に行います。今まではだいたい週3回、現在はパートナーの仕事の関係で週1回、都内か横浜の社交ダンス専用の練習場でやります。また、ひとりでレッスンに行くこともあります。

大変なことは

競技にお金がかかることです。ドレスは自分でデザインしオーダーで作ってもらうのですが、1着20万くらいします。今は4着持っていますが、覚えられてしまうので1年くらいしか持ちません。その後は中古として売りに出して、次の資本金にします。シューズも毎月のようにつぶれていきます。会社からは金銭上のバックアップはありませんが、シューズなどを譲ってくれたり何かと応援してくれます。

ニチジョで学んだことは、どのように活かせますか?

卒論で、ダンサーの体について研究しました。たとえば、外反母趾はどうしてなるのか、どうしたら防げるかとか。また、トウシューズでキレイに立つためには、どこの筋肉を強化したら良いかなど。お客さまのダンス靴やトウシューズを合わせる時などに、そんな知識が役立っています。。

なぜ競技ダンスを始めたのですか?

子どもの頃から、ダンスは色々(クラシックバレエや日舞など)やっていました。ただその頃は、ミュージカルや舞台を中心にやっていたので、ダンスだけを特に極めるということはありませんでした。高校生くらいになると舞台に出演する機会が減り、もう一度ダンスをやってみたいと思いました。そしてどうせなら、一から始められる競技ダンスをやってみようと思いました。祖父母が社交ダンスをやっていて、小さい頃から見ていたこともありました。

ニチジョへはどうして来たの

ニチジョは、地元で大学合同説明会があった時、たまたまブースを通りかかって知りました。舞踊学専攻があることに驚き、一つのことを集中して勉強できるのはステキだなと思っていました。でも親には体育大に行きたいって言い出せずにいました。

他の一般大学に受かり、その頃は競技ダンスをやろうって決めていましたが、調べてみるとその大学の競技ダンス部はとっても弱いということを知ってがっかりしました。また、自分が何を勉強したいのかも見えていませんでした。

そんな頃、ニチジョは競技ダンス部が強いことを知りました。そして、D大競技ダンス部とパートナーを組むこともわかり、あらためてニチジョに行きたいと思いました。当時プロで活躍している人には、D大出身の人が多かったのです。そして私もいつか、プロになりたいと思いました。

色々考えて、やっぱり自分のやりたいことを目指したいと思い、ニチジョを受験しました。舞踊学専攻は、全国からダンスのレベルの高い人が来るってわかっていたので、受かるかどうかはわからなかったけど、必死でアピールしました。課題曲で踊る時は、4人1組の一番後ろにいたのに、フィニッシュしてみると知らない間にいちばん前にしゃしゃり出ていて試験管に笑われたりしました。

どんな学生時代だった?

競技ダンスをやるって決めていたので、もちろん部活にすぐ入りました。練習は、最初は基礎ばっかりで楽しくはありませんでした。歩くだけで、半日費やしたり。でも体育会系の厳しい練習は、求めていたものでもありました。当時私は実家から3時間以上かけて通っていて、練習を時々早く抜けたり休んだりしてしまっていました。そんな時、(今はプロで活躍している)同期の友達が、休み時間に教えてくれたりして、なんとか練習についていくことができました。

パートナー校はD大ですが、2年生までは決まったパートナーはいなくて、色んな人とローテーションで踊っていました。最初はおそるおそるで、手をつなぐのもためらわれたのですが、踊るモードになって慣れちゃえば、どんな人でもそれなりにステキに見えてくるものです(笑)。

競技ダンスって2人でやるので、動きたいように踊っていると相手のジャマをしてしまったりぶつかってしまいます。だから、最初に頭で考えてから踊る必要があります。そういうことはD大のほうが得意。こうしたらこうなる、こういう角度ならぶつからないとか計算してきます。そして次第に自分に自信がついてくると、「勝つのは、オレのおかげだァ」ってなっていく。でも、運動神経はこっちのほうがいいんだから、言いたいように言わせておいて、ニチジョ生は相手を立てながらうまく転がすことを先輩から習います(笑)。

実家から通っていると練習に差し支えるので、2年生になると、部活の友達とルームシェ アをして大学の近くにお部屋を借りました。うちの家庭は決して貧しくは無かったけど、母は1人娘の私を厳しく育てようと、家賃代しか送ってくれなかったので、生活費を稼ぐために、朝お風呂屋で掃除のアルバイトをして、学校に行き、部活の練習をして、深夜にまた居酒屋でアルバイトという生活でした。

それでも、競技ダンスは何かとお金がかかり、バイト代がどんどん消えていきました。当時は毎日、卵かけごはんしか食べられないような、究極の貧乏生活を送っていて、栄養失調にもなりかけました。今より5キロ以上やせていました。食べていくって大変なんだなってつくづく思いました。

その頃の夢は?

プロになることです。ニチジョの競技ダンス部は、プロになる人が多いんです。プロは、普段は社交ダンス教室でダンスを教えながら、プロの競技会に出て戦います。ダンスで食べていけるかどうかまでは考えていなかったけど、学生の時に頑張れるだけ頑張り抜いてプロになろうと思っていました。ニチジョに入って、他のジャンルのダンスでは、上には上がいるって思い知らされたけど、競技ダンスだけは趣味で終わらせたくなかったんです。

大学3年の時に、先輩からパートナーを決められました。自分が意図した人ではなかったのですが、決められた以上は一生懸命やろうと思いました。だんだん息もあってきて、順調に上を目指していきました。3年生ながら、全日本選抜戦の学生の部に出させてもらってたりして、自分なりに夢を描き、「さあこれからだ!」と思いました。

でも、全日本選抜戦が終わった次の日、突然パートナーからカップル解消を告げられました。「勉強したいから、もうできないんだよね。」って言われました。

パ ートナーなしでは、試合にも出られないし、練習もできません。他の人と組めばいいじゃないって思いますが、他の人はもう余っていないし、先輩が決めた人と組むのが部の約束だし...。どうしてもパートナーを求めるなら自分で探し、学生の競技会ではなくアマチュアの競技会に出るしかありません。そうしたら、部活はやめなくてはいけません。

パートナーは、どうしてやめちゃったの?

本当のところは、わかりません。勉強したいっていうのは口実で、ダンスにしばられた生活がいやだったのかもしれません。3年生になると後輩の面倒も見なくちゃいけなかったり、バイトしてもダンスにお金がかかったり、自分の生活の全てを部活にとられてしまうから。

後になって振り返れば、自分にも悪いところがいっぱいあったと思います。上を目指すあまりに、パートナーを思いやれる心の余裕もなく、結構きついことを言ってしまったりしました。ダンスに対する相手の思いと、自分の思いが噛み合わなくなっていました。

正直言うと、あの頃はパートナーを、そして先輩を恨んでしまいました。先輩には「どうしてあの人と組ませたんですか?」って言いました。先輩も困ったような顔をして「運命だったんだよ。」と言うばかりでした。

どうしようと思いましたか?

自分の目標が突然なくなってしまい、何をどうしていいのかわかりませんでした。部活に行ってもパートナーのいない私はやることもなく、他の人にも必要とされていないと感じました。人と話すのもいやだったし、誰に対しても裏切られるような気がしてしまっていました。

私はだんだん精神的に追い詰められていきました。授業中何もしていないのに、涙が流れてきたりして、他の人をびっくりさせていました。自分という人間はこんななんだって思うくらいおかしくなってしまい、回りも腫れ物に触るような感じでした。かなり扱いづらかったと思います。(笑)

カップル解消してしまう人は(毎年いて)、たいてい部活をやめていきました。同期の仲間は「何をしていてもいいから部活はやめないでね」って言ってくれました。今まで仲間に色々教えてもらったり助けられてきたこともあり、私も部活はやめたくありませんでした。それで、カップルを組めず練習もできないまま、在籍だけはしていました。

どうやって立ち直ったの?

部活ではやることもなくなったので、親の期待もあり教員免許をとろうと思って、勉強を真面目にしだしました。当時、体育大の就職は一般企業は不利だと言われていました。自分を試す意味もあって、シュウカツを始めてみることにしました。

オーディション慣れをしていたので、面接は得意でした。15社くらい受けました。半分くらいは最後までいき、内定も何社かいただきました。その中に、放送局がありました。その関係の仕事をしている親戚に話を聞くと「最初は下積みで、ダンスのことなんか忘れちゃうくらい忙しいよ」って言われました。私は、裏方でもいいし、いつか構成の仕事でもできるようになれればいいなと思いました。ものを作っていく仕事には興味があったので、心が動きました。

ある日、後輩の競技ダンスの試合を見に行きました。それを見ているうちに「私はここでダンスをやめられるの?」って思いました。さんざん面接受けて、色んな会社に興味をもったけど、やっぱりダンスは忘れられない。不完全燃焼だったんです。プロの世界はあきらめたけど、仕事をしながらでも競技はやっていけるんじゃないかって思いました。

「競技やりたいんだったらやってください。応援します。」ってセキネの面接で言ってもらえた時、これも何かの縁だと思いました。自活してすごい貧乏だった時に、食べていくって大変だなって身に沁みて感じたこともあり、まずはちゃんと働いて、普通の生活をできるようになりたいなって思いました。

私がまだプロを目指していた頃、2才上のプロになった先輩に、プロのことを根掘り葉掘り聞いていました。その人に「ダンスを本当に好きでこれからも続けたいんだったら、プロになる必要はないよ。」って言われたことがあります。その時は全然わからなかったけど、今は理解できます。

就職して競技を再開したんですね。

まず、パートナーを見つけなくてはいけません。パートナーでは軽いトラウマがあるので(笑)、今度は慎重になりました。(社交ダンスの世界では、ダンスお見合いといって、インターネット、知人の紹介、先輩の推薦などで、パートナーを探します。)卒業して1年ほどたってから、先輩に今のパートナーを紹介してもらって、カップルを組み、今年で3年目です。

カップル解消したことで、相手を気づかうことの大切さを痛感しました。また、社交ダンスが男性優位の競技だということも思い知らされました。社交ダンスは、一見女性が派手に見えますが、男性の踊らせる技術があってのダンスです。審査でもまず男性の技術力をチェックされます。いくら一人でがんばってもだめなので、2人で力を合わせなくてはなりません。

今の夢は?

JBDFでA 級になって、アマチュアのベスト12位に入れるようになりたいです。アマチュアの平均年齢は23~25才くらいなので、あと4年、30才までに実現できなかったらあきらめます。

今、週に1・2回、社交ダンスサークルでボランティアでダンスを教えています。競技を終えたら、いずれは指導員資格(アマチュアの地域指導認定)を取って、ちゃんと教えられるようになりたいです。

もし結婚したら子育てを終えた後に、今度はおばさんの部で大会に出れればいいですね。社交ダンスは生涯ダンス、生涯スポーツです。競技と言う枠に捕われなければ、下は3才から上は90才くらいまでやっているので、一生の趣味としてできます。

学生時代の経験はあなたにとって?

私のように、後輩でカップル解消してしまう人がいます。最近はそんな人達の相談にのっています。当時の私は何もできなくて、回りの人にお世話になりっぱなしだったけど、そんな形で、部活に少しでもお返しできればと思っています。

話を聞いていると、自分もそうだったなと思うことがたくさんあって痛みも良くわかります。社会に出て色々経験することで、ちょっとだけ視野が拡がり自分の引き出しが増えたというか、答えられることが前よりも増えました。相談に来た子が、最初は暗い顔していたのに、お話することでぱっと明るくなったりすると、ホントに良かったなと思います。

もしプロになれるのなら今でもなりたいですか?

全く考えていないです。私の人生は、競技ダンスを始めたことで、決まったような気がします。競技ダンスがなかったら今の私はなかった。あのままうまくいっていたら、プロになっていたかもしれません。それはそれで頑張っていたかもしれないし、どこかで挫折していたかもしれない。それはわからないけど今は、「仕事とダンスを両立できている今の生活が好き。」って心からはっきり言えます。

でも...、(あり得ないですけど)もしステキなプロの先生に声をかけてもらえるくらいになったら、考えてしまうかも。それはないんですけどね(笑)。