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医療・福祉系
福祉施設スタッフ

大島 菜央(2004年度・舞踊学専攻卒)

福祉施設


ダンスと福祉はつながっているんです。

大島菜央さんは、福祉施設で働きながら、セッションハウスのダンスカンパニー「マドモアゼル・シネマ」に参加しています。福祉の仕事と、海外公演や地方公演もあるカンパニーでのダンス活動を、どう両立させているのか、聞いてみました。

今の仕事についたきっかけはなんですか?

私が働いている施設は、軽度の障害者の方を対象に、知的障害か身体障害を持った、20代から60代までの人達が130人程通っています。大学3年の冬に、この施設で2週間ほど実習をしました。楽しかったので実習が終わった後も、毎週金曜日にボランティアで通い続け、施設の人達には「フライデーガール」って言われていました。そのうち、施設長から「卒業後はここで働かないか?」というお話をいただき、働くことになりました。働き出して、今年で4年目になります。

どんな仕事をしているの?

1年目はデスクワークでしたが、2年目に現場に配置され、今は指導員という仕事をしています。障害者の方に、箱の組み立てとか袋詰めとか簡単な作業を指導したり、生活面のことを教えていったりします。 実習の時は楽しかったのですが、実際に働いてみると、(あたりまえですけど)楽しいことばかりではありませんでした。特に、1、2年目は結構つらかったです。例えば、「検品」と言って障害者の方が作った箱を検査する仕事があるんですけど、中でも自閉症の人は特に能力が高くて、よそ見しながらでもメチャメチャ早く箱が作れて、バンバン箱が上がってくるんです。私は1日に2千個もの箱をひたすらひとりで検品して、障害者の方と関わる時間もほとんどなく、なんかもう疲れちゃいました(笑)。

就業時間は、8時45分から5時15分までです。残業はないので、ダンスをやるにはすごく助かっています。

「マドモアゼルシネマ」について教えてください

「マドモアゼルシネマ」は、コンテンポラリーダンスを主に企画している「セッッションハウス」というスタジオに所属するダンスカンパニーです。伊藤直子さんを芸術監督として、ダンサーは現在7名です。

主な活動は、年に4回ほどの定期公演、不定期で地方公演や海外公演もあります。去年は、2週間ほど山口と長野、10日間ほどブルガリアに行きました。今年は5月に、ルーマニアのシビウ国際演劇祭に招待されて行く予定です。カンパニーからの定期的な報酬はないので、実業団のように働きながらの活動です。

参加することになったきっかけは、大学2年の夏休みに受講したセッションハウスのワークショップです。その時、本当は先輩とアメリカに行って、1ヵ月くらい色んな稽古を受けようと計画を立てていたのですが、あのテロが起きて行けなくなってしまい、その代わりに見つけたワークショップでした。

内容は1ヵ月かけて作品を作っていくというものでしたが、受講中に講師の伊藤直子さんから「マドモアゼルシネマっていうのをやっているんだけど、映像作品の中に出てみない?」って言われて、それが始まりでした。

参加してみてどうでした?

大学生の頃は、とっても楽しかったです。あの頃は実習と同じで、ただ楽しいだけで良かったんですね。でも卒業してからは、ダンスに対する見方が変わったというか、そんな簡単なものではないなと思い始めました。ある時自分のダンスがわからなくなって、全然踊れなくなってしまいました。ダンスがいやでいやでしょうがなくなるくらい、1年以上悩み続けました。

ダンスは、仕事が終わってから(今もそうですが)だいたい7時半から9時くらいまでテクニックの稽古、そのあと9時から12時くらいまで「マドモアゼルシネマ」のリハーサルがあります。終電で帰って、家に着くのは1時半くらい。睡眠時間は4時間程になってしまいます。1年目は、眠くて大変でした。眠いし、もうなんかやっていることも良くわからないし、何回も仕事をやめてしまおうと思いました。

なぜ踊れなくなったのですか?

当時の仕事は事務職だったので、「昼間は体力温存して、夜のダンスにその体力を使おう。」って思っていました。確かに、デスクワークではずっと下を向いていて、体も動かさないので疲れないのですが、なぜかその後ダンスに行っても気分的に乗れませんでした。

「マドモアゼルシネマ」の作品の作り方は、ダンサー達がアイデアをどんどん出して、直子さんがそれをキャッチしてまとめあげていくんです。そんな時にもいいアイデアを出せず、何をやってもダメって言われ、作品の中に入っていけない...。そんなことの繰り返しで、何がいいのか、何が楽しいのかさえもわからなくなってしまいました。なんでこんな思いをしながらダンスやっているんだろうって思いました。「この作品は、私がいないほうが面白いんじゃないかな?」と思ったり、自分がみんなの足手纏いになっているような気もしていました。

仕事とダンスが両立しなかった?

働きだして2年目に、現場に配置転換されました。仕事は目一杯あってメチャメチャ忙しくなり、前のようにダンスのため体力温存なんて言ってられなくなりました。

ところがそんな時「マドモアゼルシネマ」のリハーサルに参加すると、なぜか調子がいいんです。仕事が忙しいとハイになるじゃないですか。どうも、日中に忙しくしてアドレナリンを放出して、その勢いでリハーサルに入ると、頭もちゃんと働いていて、逆にいいんだっていうことがわかったんです!現場の仕事に入ってからは、体重も6キロくらい落ち、おかげで身も軽くなりました。

ダンスをできない時は「ただやればいいんだ、考えちゃダメなんだ」って思えば思うほど、そのこと自体が考えているんですよね。あまり、考えないで、とにかくやってみようっていうことだったんだ。でも、それはできるようにならないとわからないことなのかもしれないですね。

もう1つの転機は、去年の5月でした。「マドモアゼルシネマ」のメンバーでチームの大黒柱のような存在だった方がガンのため亡くなってしまいました。ショックでした。そして、その方がダンサーとしてやってきたことを無駄にしちゃいけないって思いました。

そのあと、自分がやらないとどうにもならないんだって、痛感して。そこでやっぱり変わんなきゃって思ったんです。去年1年間は、とにかくやらなきゃっていう思いで必死で作品を作りました。で公演をやり終えたら、自信がちょっとついていたっていうか、「マドモアゼルシネマ」でも、自分がいる必要があるんじゃないかってやっとなんとか思えてきました。

リハーサルってどんなことをするの?

今、次の公演に向けてリハーサルをやっています。例えば、別れ際のさよならのシーンを考えるとします。時間を決めて皆でそれぞれポーズを考えます。で、その後1人ずつやってみる。それを伊藤さんがじっと見るんです。その時は緊張感がただよっています。そんな感じで、シーンの合間をまたみんなで考えて、どんどんつなげていく。

私は、さっきも言ったように考えすぎるとダメなタイプので、よくやるのが、じゃ10時半までに考えてって言われたら、時間になって1人ずつ見ていこうってなった時、その瞬間から自分の順番までの間に思いつくことをやるんです。思いつきでやると意外といい、みたいな(笑)。

宿題が出たりもします。今出されているのは、人に迷惑をかけたこと、助けたこと、助けられたこと、なんでもいいからシーンにすること。採用するのも捨てるのも、そこは伊藤さん次第です。捨てられたものは、ホントに沢山。ひとつのシーンに1日かかることもあります。

もちろん好みもありますが、あまり作意的なものは、あざといというか嫌われます。「何かやろうとしちゃダメ、でもダンスはして!」みたいな。その辺は難しいんですけど。伊藤さんに好かれたいと思ってシーンを見せても全然だめ。「あたしに好きと思われてどうするの?誰に見せるの?あたしじゃないでしょ。お客さんでしょ。」って言われます。

ダンスをやっていることについて職場の人の反応は?

応援してくれているってすごく感じています。公演前になると、上司がウイダーインゼリーが入った袋を、何気に机の上に置いていてくれたりして。ありがたいと思います。そう言う意味ではいい職場だし、人間関係はすごく良いです。

チームワークの仕事なので、休むのはすごく気を使います。ツアーの時にはお休みをもらうのですが、そんな時はクビを覚悟で「自分は今こういうことがしたくて、将来はこういうことを考えていて...」って前置きをして「で、休みをいただきたいんです...。」っておそるおそる話をするんです。そうしたら所長が「応援するよ。」ってボソッと一言。なんか、もう泣けてきます...。

福祉の仕事には昔から興味があったんですか?

小学校6年生の時、老人ホームを慰問して、おじいちゃん、おばあちゃんの前でダンスを踊り、肩たたきをしたりしました。思えば、それが私の原点かもしれません。ダンスは子どもの頃から習っていました。そのころから、私はこういうのをしたいんだろうって漠然と思っていました。

受験の時は、福祉関係か体育大学にするか迷いましたが、ニチジョの若松先生との出会いもあって、ニチジョに来ました。学生の頃は、人の役に立つ仕事がしたいと思っていました。それは今も変わりません。ダンスって、どこかで誰かの役には立っていると思うんですけど、なんか実感がないというか...。それをやり続ける人は本当に素敵で素晴らしいと思うんですけど、私はもっと実感が欲しかった。

大学4年の時、スェーデンでバックパックの旅をしました。ある本を読んで、ずっと見たいと思っていた福祉施設があって、その本の著者にいきなり電話して会いに行ったんです。その方は、親切にもお会いしてくださり、施設も見せてくれて、色々お話もしてくれました。

その中で、人間には適職と天職があって、どっちかにするんじゃなく両方持つべきだっていう話がありました。両方続けていくことによって、いつかどこかで交わっていく時があるはずだからって。私にとっては、適職が福祉の仕事だったら、天職はダンスでいたい。

仕事とダンスはやっぱり別物ですか?

施設に通っている人たちは奇想天外で、遊ぶにしてもクリエイティブというか、訳がわからないんですけど面白いんです。例えば、日本語の歌詞をロ-マ字で書いて、それを逆読みしてメロディーにあてはめて、とっても楽しそうに歌うとか。時計を見て正確にデッサンしているんだけれど、文字盤のテッペンの数字は3とか。

そういう意味で、コンテンポラリダンサーにとっては、職場はいい刺激の場となっています。それをそのままダンスに生かせるわけじゃないけれど、「なんか楽しさって人それぞれでいいんだ!」と思わされます。いいなぁそれって、自分だけ楽しいっていいなぁって。毎日そういうことで笑えるのもいいんですよね。障害者の方と一緒にいる時間は、ダンスにとってきっと無駄にはならないと思っています。だから私の中では、ダンスと福祉はつながっているんです。

仕事とダンス、どっちが生きがいですか?

仕事は仕事で、その時間は楽しいことも沢山あるんですけど、うーん、箱(の検品)に生きがいは見出せないか(笑)。やっぱりダンスが生きがいですよね。やっぱり仕事していても、ダンスのこと、すっごい考えちゃいます。箱を検品していて、「あー、これ!この手の動き、規則的にすごく早いこの動きはすごい!」みたいな(笑)。そういうことでも、ダンスに結びつけちゃうし、結びつけたい。ダンス、今すっごい楽しいんです、踊ることが。やっと、やっとですね。最近友達に言われるのが、「菜央ちゃん表情が明るくなって前に戻ったね。」って言われるんです。

ニチジョでの経験はどんな時に役立っていますか?

大学では、作品を作る機会はすごくありましたね。あと授業では、振りのアイデアを考えている時に、例えば「あの時授業でちらっとやったフラメンコのステップをここにいれてみるか」とか。

今やっているダンスは、大学で学んだことも含めて、さかのぼれば子どもの頃からやってきたダンスともつながっていると思います。ちょっと前までは、バレエの基礎とかをじゃまに感じていたこともあったのですが、今になってみると、「あ-、あの時バレエをやっていて良かったな。」って思うことがすごくあります。音楽をやっている友達も同じことを言っていました。

それと、やっぱり大学のカラーってあるんだなあって思います。踊っていると「なんかニチジョっぽいよねー」って言われることがあります。私は最近言われなくなったんですけど、何だろうニチジョっぽさって。ちょっとツンとしている雰囲気があって、ダンスができますみたいな感じで、ちょっと距離を置かれるというか...。他大の女の子はモテるのに、こっちはモテないとか(笑)。

そのニチジョにいたからこそ、ニチジョっぽさを打開する面白さっていうかな、そこから抜け出す楽しさはあるんですよ。「ニチジョの枠を破れ!」みたいな...。そういう意味でも、ニチジョに行って良かった(笑)。ダメじゃん、これじゃニチジョが悪いみたいだ。そんなことはないんですよ。でも、「ニチジョっぽくないね。」なんて言われると、すごい嬉しかったりしてー(笑)。

ダンスをやり続けている友達とは会いますか?

卒業した同期の友達や先輩から、「菜央ちゃんとも今度一緒に踊りたいなあ。」って言われます。でも「就職しているから、昼間は無理なんだよね。」なんて言われると、なんかもどかしいというか...。

週に3回だけ学校に行っている非常勤講師の子や、フリーターの子の話を聞いたりすると、昼間の稽古やリハーサルもできて、やっぱりうらやましいと思うことはあります。

仕事変えようと思うことある?

時間のことを考えると、仕事変えたいと思うことも時々あります。

でも、私は今の仕事が別に嫌いじゃないし、むしろ好きな方なんです。わがままな話ですけど、やっぱり仕事でも楽しみを得たいというのがあって。仕事しているっていうことは、生活のほとんどの時間を仕事で占められるということで、そうなるとやっぱり仕事でも笑っていたいというか、楽しくいたくて。

派遣とかになると、職場に行く目的が、人間関係というよりお金をもらうことになるのかな。それももちろんありなんですけど。それじゃ、自分がうまく成り立たない気がして...。

今の夢はなんですか?

まだまだ遠い将来かも知れないけど...、障害者の方と作品を創っていくことが夢です。健常者と障害者が一緒に踊るワークショップがあって、最近時々参加しているのですが、その時思ったんですけど、あきらかに踊っている障害者の方って、ダンスと出会えてほんとに良かったねって感じなんです。

障害者の方って、普段はどうしても押さえられるでしょう。ピョンピョン跳ねていたら、だめよだめよ、こんなところで跳ねちゃだめ、人が沢山いるんだから危ないでしょって。でも、ダンスなら「好きなようにしなさい、思いきり飛び跳ねなさい。」って言える。それって、すごいじゃん、ダンスって必要じゃん、それを自分がやるすべを知っていて良かったなって思います。

手始めに、今の施設にダンスクラブのようなうなものを作り、自閉症やダウン症の人とかと一緒に踊れればいいと思います。衣装も私がデザインして、すごいピエロみたいにして、なんか人間か動物かわかんないみたいにして、舞台で踊ってもらったりしたら、楽しいんじゃないかなって思って。それが実現できれば、私がダンスをしていく意味が、職場でもあるということにもなります。

そうして将来は、できることなら、障害者も健常者も関係なしに、それぞれが強い個性を放つような作品を創って勝負してみたい。その作品が、観ている人を笑顔にできるようなものであれば...。そういうことができればと思っています。

踊り続けていくのですね?

途方もないことなんだろうな、ダンスを続けて行くって。でも、一生踊り続けていくと思います。職場では「『食べる』『寝る』『踊る』がないと、私は成り立たない。」って言ってるんです。「だからこの中で1つ欠けたら、私死んじゃうんだよ。踊らないと生きていけないのー。」って(笑)。まあ「大島ならしょうがない。」って思われているので、あまえちゃっているところもありますが。自分が30歳、40歳になった時のことは全然イメージできませんが、私は25歳だから、今はやっぱり20代にしかできないことをやっていきたい。

最後にニチジョ生へのメッセージをお願いします。

体験から言うと、大学生の頃思ってたことは、素直な考え方としてたぶん間違いではないんだってこと。それとやっぱり、いい大人に出会ってくださいということかな。自分1人じゃ、社会に投げ出された時に、結局は何もできないんですよね。カンパニーのオーディションを受けまくるのも、それはそれで一つのやり方だと思いますが、私にとってはやっぱり伊藤さんという人間に出会えたことが大きい。他にも例えば、学生の時に施設の素敵な大人と出会えたから、今の仕事もできている。

いい大人と出会って色んな話をして、心を開いて人を信じて、信じられないかなって思っても、とにかく信じてみるというか、そういうのってすごい大事なような気がする。そういう人からチャンスをもらえれば、それも素敵。素敵な大人に出会いましょう。いっぱいいますよ、素敵な大人は(笑)。