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管理・事務系
フリー事務代行

床井 美香(2003年度・健康スポーツ学専攻卒)

個人経営


のマドなワークスタイル実践中。。。

床井さんは中古車買取・販売会社での人事の仕事を皮切りに、コーディネーター、営業、販売、カスタマーサポートなど様々な職種を経験してきました。3年前から、個人で会社の事務代行をする仕事を始めました。
<2014.05収録>

フリーで事務代行の仕事をやっているそうですね?

はい。今は2つの会社の事務代行をやっています。1社は、弁護士・税理士などの士業やコンサルタント・コーチ・講師などの方に、起業支援やWeb集客などのスクール事業をしている会社です。もう1社は、話し声のボイストレーニングをしている会社です。2社とも、社員2名のベンチャー企業です。
仕事の内容は、お客様からのメール対応やデータ入力、社長やスタッフのスケジュール管理、入出金管理や振込みの手続き、セミナーのリスト作成や管理などです。電話対応以外の事務的な業務をやっています。事務以外にも、セミナー運営のサポートなどもしています。セミナー会場でお客様の受付や、セミナーの後に懇親会などがあれば上手くその場を回すようなこともします。代行と言っても、やっていることは社員の事務と変わらないし、お客様から見ると、一社員として見えると思います。

働く場所は?

カフェや自宅でやっていることが多いです。パソコンとネットが繋がる環境があれば、どこでもできるので。セミナーの時などは、もちろん会場に行きます。

報酬はどういう形で得ていますか?

その都度、やった仕事と時間をエクセルにまとめて管理をし、時給換算で毎月請求書を出しています。

なぜフリーで事務代行を始めたの?

3年ほど前、当時勤めていたマーケティングコンサルの会社を辞め、その後、週3回だけ知り合いの会社で事務をやっていました。その会社の社長の知人がビジネスを立ち上げたばかりで、事務的なサポートを必要としているということで、「じゃあ私がやりましょうか?」となって。
それから週3回プラス週2回で、別々の事務をやっていました。翌年の春にボイストレーナーの方と知り合い、「事務代行をやっています」って言ったら「じゃあうちのも」と言われ、そこも始めました。最初に始めた会社は1カ月ほどで辞めたので、今は2社の事務を代行しています。
1社だけだったら契約社員とか、アルバイトという立場だったと思うのですが、2社以上の仕事をやる事で、自然と自分の中で「会社と私はパートナー」という意識が生まれ、「これは事務代行か!」って思ったんです。

フリーで働くことに不安はないですか?

あまりないですね~。個人のほうが気は楽だし、なんと言っても時間に縛られず自分のペースで仕事ができるのがいいと思っています。通勤ラッシュなどの余計なストレスもないですしね。わがままかもしれないけれど、一度、フリーの働き方を知ってしまうと、もう社員として働く気がなくなってしまいました。
自分なりに重要視しているのは、パートナーとなる会社の社長と価値観が合うかどうかです。仕事というよりも、信じるものとか、人に対する愛情とか、この人と一緒にやっていってもいいかなって直感できるかどうか。やはり、信頼関係がないと仕事は長く続かないです。逆に、この人とだったらやっていけるっていう自信があれば続けられると思っています。
何やかんや言って、私は転職を結構しましたが、今の仕事のやり方を3年ほど続けてきて、やっと自分の仕事スタイルができてきました。

確か、健康スポーツ学専攻の2期生でしたね?

そうです。小学校からずっとバスケットボールをやっていて、体育の先生になりたくてニチジョに入学しました。大学では部活には入らず、4年間ずっとスポーツクラブでインストラクターのアルバイトをやっていました。教えるのは楽しかったけれど、社員の給与が手取りで13~4万と聞いた時に、1人で生活していけるイメージが持てませんでした。
キャリアセンターの就職ゼミで講師のお話を聞いて、「この人について行ったら絶対に就活は成功する」と思いました。ゼミを受けていくうちに自分のマインドも変わってきました。もともと真面目なタイプでしたが、もっとキャリア意識に貪欲になったというか...。親にも「変わったね」って言われました。
あの就職ゼミが自分の原点というかやっぱり大きいですね。「自分も何か人に影響を与えるような仕事がしたい」と思いました。ゼミでお世話になった分、「自分もお返がしたい」という気持ちもあって、今でもOGとしてキャリアセンターに顔を出したり、講師を紹介したり、就職合宿に行ったりしています。

最初に就活して入った会社が、中古車買い取り販売会社ですよね?

はい。最初の1年は、人財開発チームで新卒採用の仕事をしました。当時は200~300人を採用していて、先輩と私の2人でやっていました。新卒採用の仕事は、心の底から楽しかった!1年後、上司に「中途採用の方が色々やれるし仕事の幅が広がっていいんじゃないか?」と勧められ、中途本社採用の部署に移りました。
副社長の面接に同席したり、各部署の部長クラスとコミュニケーションを取りながら、採用のパイプ役となりました。1次面接で、会社の社風に合う人財かどうか見極める役もやっていました。ここで、会社の上層部の人とやり取りしたことが私にとっては大きな経験になりました。

新卒2年目で中途採用ということは、ほとんど自分より年上の人を面接?

そうなんです。いきなり若い人が出て来て「初めまして」という感じだから、面接を受けに来られた方は、正直いい気はしなかったと思いますよ。でも実力社会の会社だったので、年齢は関係ないんです。面接で判断に迷う時は上司に相談していました。
中途採用の仕事を4、5ヶ月やった後に、全社挙げての売上強化運動が始まり、私も本社の統括マネージャーのアシスタント業務をやることになりました。九州や北海道の10~20店舗を統括するマネージャー2人のサポートです。現場の店長やスタッフと関わることになって、「現場を知るちょうどいい機会だ!」と思いました。
本社では、お店ごとにクルマが何台売れたか数字を掲示しているんですけど、売上が上がらない店にはマネージャーが「もっと頑張れ!」と激励したり、私も売り上げの集計をするために「今何台売れてますか?」とか電話で確認をしたり...。数字が全てというか、「ああ、現場はこうなんだ...。」って、現場の大変さがわかってきました。

半年後に売上強化運動が終わって、本社から店舗に行った人は戻って来る人もいれば、戻って来ない人もいました。私は春から、都内の店舗に事務職として入ることになりました。当時、都内で一番大きく、高級車の買取・販売がされているお店です。名物と言われているやり手の店長がいました。
引き継ぎがひと月もないまま事務の仕事を始め、やってみるとクルマの事務は書類がいっぱいあって、書き方もよくわかりません。クルマの名義変更に必要な書類を揃えて陸運局に持っていったり、車庫証明を取りに警察に行ったり、店長から急に仕事が降ってきたり...。もう忙し過ぎ訳もわからず仕事していました。
副店長は、私の2個下でしたが、高校を卒業してから働いていたので仕事上では先輩でした。私が困っていると、夜遅くまで付き合って助けてくれました。そんなことから、私は彼と付き合うようになり、彼が店長昇格で熊本に転勤することをきっかけに、私は会社を辞め彼と結婚し、一緒について行くことにしました。働き出して3年目25歳の夏、「30歳まで結婚はしないな~。」と思っていたのに...。「人生、仕事だけじゃない」と思いました。

熊本に行ってどうでした?

刺激がないというか、のんびりした感じでした(笑)。アルバイトで主人のお店の手伝いをしていました。7ヶ月後にまた転勤となり、今度は福岡に行きました。福岡は都会で刺激もありました。私は、派遣会社でコーディネーターのアルバイトを始めました。派遣登録した人が今まで何をやってきたかヒアリングして、仕事の紹介をする仕事です。前にやっていた人事の仕事に近かったので楽しかった。福岡には1年半くらいいました。
その頃、東京にいる父が癌になってしまい、よく東京に戻るようになりました。母は、私の就職が決まった年に父と離婚していたのですが、父の癌がわかるとまた家族で一緒に集まるようになり、一瞬昔に戻ったような気になりました。
翌年の夏には高松に転勤になり、私は高松のショッピングモールでメンズアパレル販売の仕事(アルバイト)をしました。父が元々アパレル業界だったので「一度やってみたい」と思ったのがきっかけです。
私が一人っ子だったこともあり、父の病気の事で頻繁に家を空けるようになって、1~2カ月戻らないこともありました。色々なことが重なって夫とのすれ違いが大きくなっていき、高松に行って1年後の28歳の夏に離婚をしました。離婚では特にドロドロもなく、最後は彼も普通に見送りをしてくれました。

東京に戻って来て?

就活をして、「ピンポン営業(家のインターホンを押して営業する仕事)」を始めました。30歳までに自分の職歴にそういう経験をつけておきたいと思っていました。光回線に申し込んでもらったり、ADSLから光回線に乗り換えてもらったりするための営業です。当時は、半年間無料の特典がついてり、通信速度は速くなり料金も安いので、お客様にもメリットがあって自信を持って勧められました。
60~70人ぐらいの会社でしたが、一緒に働いているメンバーは若くて社長も私の1歳下。みんな熱い気持ちを持って頑張っていました。昔はヤンチャをしていたとか、元ホストやキャバ嬢だったとか、色んな人がいて、今までにない環境でした。女性は、私ともう一人のキャバ嬢の人だけで、その女性も辞めてしまったので、女性は私1人だけとなりました。でも、男性の中で仕事をしている方が自分には合っていると思いました。
朝、全員でロールプレイング、セールストークをやりました。先輩と一緒に回っていただき、いろんなことを勉強しました。仕事自体は、毎日ピンポンして「入りませんか?」、ガチャッと切られる、その連続です。中に入れさせてもらえたらラッキーで、まず話を聞いてもらう体勢にするまでが一苦労でした。マンションなら1日100~150件くらいは回っていました。
入ってから知ったんですけど、それは完全全歩合制の個人事業主でやる仕事でした。契約を1軒取っていくら、光電話を付けたらプラスいくら、そんな感じです。取れる月は30本くらい取りましたが、全く取れない時は、やはり気持ちが落ちました。
一度"その筋"の家を訪ねてしまい、「何回言っても営業が来る。どうなってんだ?」って怒られ、「中に入れ」って言われて、正座するはめになりました。入っちゃいけない禁止物件は事前に知らさせるのですが、誰かがそれを書き忘れていて...。
必死であやまって本社の人からもお詫びの電話を入れてもらい、最後は名刺までもらって無事に帰ることができました。今だから笑えますけど、あの時は「生きて帰れるのか?」って思いました。離婚よりも断然スリルがありました(笑)。そして「そういうネタが出来る営業は面白い」と思いました。ただ「ここでずっとこの仕事を続けるのは、自分の生き方としてちょっと違うかな。」と思い、半年くらいで辞めました。

貴重な体験をしましたね。

その頃に父が亡くなりました。私もこれから先のことを色々考え、ネットで探したマーケティングコンサル会社の面接に行ってみました。社長はマーケティングの世界では有名でコンサルも色々やっていて忙しそうな会社でした。
仕事はカスタマーサポート、応募条件では給与が19~18万ぐらいだったのですが、9時~18時とあったので「それぐらいで帰れるなら、まあいいか。」と思って入ったんです。でも入ってみたら、毎日深夜まで働くことになり...。それと言うのも、私がやれる事を余計にやっちゃうからなんです。カスタマーサポートの他に、土日も会議やセミナーで出勤したり...。
給与も4カ月で8~9万ぐらい上げてもらいました。上げてもらっているので全く文句はないんですけど、「人生仕事だけじゃない」と思って結婚したのに、また仕事を始めると止まらなくなってしまって...。「もうちょっと落ち着いて自分のスタンスで仕事が出来ないものか」と思い、その会社は7カ月で辞めました。
「そろそろ忙しいだけの日々はもう終わりにし、自分で何かできないものか」と考え始めました。思えば、最初の会社は2年半ほどいたのですが、それからは何をやってもすぐに飽きてしまい、長続きしませんでした。一番長くやったのは、学生の時に4年間やっていたスポーツインストラクターです。インストラクターは、やりがいがあったし働いていて苦しくもなく、何でもやらせてもらえて楽しかった。
「フリーでパーソナルトレーナーだったらできるかな」ってぼんやり考えたりしました。細かい筋肉の名前や、何をどうしたらこうなるとか細かい所はあんまり覚えてないけど、大学時代は100人ぐらいお客様の担当をしていたので、「少し勉強し直したら行けるんじゃないかな。」と。
もうひとつ続けて来たのは、就職活動支援の仕事です。それは主婦の頃からやっていて、就職活動が盛んになる時期に、合同説明会のサポートをしたり、会社説明会の運営やビジネスゲームの司会進行をしたり、就職支援会社の営業サポートをしたりしていました。
今年の4月も、とある企業の本社に席を置いてもらい新卒採用のサポートをしました。面接に来た学生の気持ちをほぐすアイスブレイク役や面接官の対応、受付、マニュアル作成などをしていました。基本的に人事担当者のサポートですが、やっぱり私は学生と話すのは昔から好きなんですね。
それはもう半分趣味みたいなものです。勿論お金をいただいているので、本気で仕事には取り組んでいますけど。

今まで色々なことをやってきました。今後は?

実は今度、縁があって再婚するんです。今、妊娠をしていて、出産の1ヶ月前までは、通常通り事務代行の仕事を続けます。出産後は働く時間を半分くらいに減らしつつ、様子を見ながら引き続きパートナー会社のサポートをする予定です。お母さんになっても仕事は続けていきたいので、今後もノマドなワークスタイルでいきたいと思っています!子育て、仕事の両立は大変なことだと想像していますが、今後、自分はどんなことにチャレンジできるのか楽しみです。「きっと、また違う世界が見えてくるんだろうな~。」と今からワクワクしています。