資格・就職

HOME > 資格・就職 > OG図鑑

ダンス系
ダンサー

梶原 未由(2006年度・舞踊学専攻卒)

ダンスカンパニー所属ダンサー


何をやってもつらいから、私はダンスでつらいほうがいい

梶原さんは、現在ダンスカンパニー「珍しいキノコ舞踊団」に契約ダンサーとして所属しています。ダンスカンパニーのダンサーとはどういう仕事なのか、その生活ぶりも含めてお話を聞いてみました。
<2011.01収録>

久しぶりですね。

卒業してから、4年たちました。今、「珍しいキノコ舞踊団」というダンスカンパニーにいます。今年で2年目です。今日は、卒業公演で3年生作品の振り付けをしている所属カンパニーの主宰のアシスタントとしてゼロホールに来ました。

どんなカンパニーですか?

主宰の伊藤千枝さんが、大学時代に3人で結成したコンテンポラリーダンスカンパニーで、去年20周年を迎えました。今のメンバーは私を含めて6人、全員女性です。私はメンバーの中でまだまだ若手の下っ端です。舞台公演の他に、イベント出演やワークショップも多く、テレビなどの仕事もやっています。この間は飲料メーカーのCMに出演させていただきました。

入ったきっかけは?

前のカンパニーをやめてからはバレエの先生をやっていたのですが、そろそろ何かやりたいって思っていた時にちょうど「珍しいキノコ舞踊団」のオーディションがあって受けてみたんです。

どんなオーディションでした?

踊ったのはもちろんですが、歌ったり、面接というか主宰やメンバーとお喋りをしました。主宰は、作品を作っていく時にダンサーをどう生かしたら面白いかを考えるので、まず主宰自身がダンサーに興味を持てるかどうかでした。

オーディションでは、「ワタシ、面白い!」オーラを出している人がたくさんいて、気後れしてしまいましたが、私が受けた時に他にバレエや舞台の経験がある人が少なかったので、拾ってもらえたんだと思います。

どんなところで踊りますか?

普通のホールでの公演はもちろん、廃校になった小学校の屋上とか動物園とか、いろんなところで踊ります。この間は、動物園で動物たちと一緒に作品を作りました。動物たちは元々芸が仕込まれていて、私たちが手を出すと大きなインコが飛んできてパッととまったりするんです。

作品はどんな風に作っていくのですか?

大きな公演が年に2、3回ほどあって、公演の1、2ヶ月前になると、週6で稽古に入ります。

作品は主宰にテーマを提示されて、インプロヴィゼーション(即興の踊り)で踊り、それを見てもらい採用になったりボツになったりしながら(笑)、作っていきます。主宰が振りを完全に作るシーンもあります。音を1個ずつ拾ってそこに振りをはめていき、ユニゾン(同じ動きの踊り)を作っていったり。だいたいシーンごとに作っていきます。

踊りながら歌ったり喋ったりもします。たとえばこの間作ったのは、ラブソングをバックに、2人組のコンタクトワークを使ったラブラブした感じの振りで踊りながら、超下世話な恋の話を喋るというシーンでした。公演では、観客を巻き込んで一緒に踊ったりすることも多く、観客の方もそういう楽しみかたを良く知っていて、公演が始まるともう勝手に立って踊っている人もいます。

オーディションはよくやるのですか?

私の時から毎年オーディションをやることになったようです。翌年のオーディションで私はバレエの審査を受け持ちました。3日間ワークショップ形式でバレエレッスンをやって、技術面を見たんですけど、バレエのテクニックや経験がある人が少ないのにはびっくりしました。

作品には演劇的な要素もあるから、キャラがあればいけるんじゃないかと思われがちですが、主宰の振り付けは緻密なのでテクニックが必要で、バレエなどのダンススキルは必須だと思います。

大学時代は、卒業後はどうしようと思っていました?

学生の頃は、友達と「chori素」というコンテンポラリーダンスのユニットを作って活動していました。ダンサーになろうとはあまり思っていなくて、ダンスプラスアルファというか、衣装とか舞台監督などの舞台裏のことに興味がありました。知り合いになったダンサーやカンパニーの衣装係をやらせてもらったりしていました。

とにかく手に職をつけなきゃ生きていけないような気がしたので、卒業後は衣装の専門学校に行こうと思いました。実際に入学したんですが、卒業間際に、ダンスカンパニー「輝く未来」のオーディションに受かり、ダンスのほうが忙しくなって、衣装の方はおあずけになってしまいました。その時買ったミシンは今も段ボールに入ったままですよ(笑)。

「輝く未来」に入ってどうでした?

「輝く未来」は伊藤キムさんが主宰するダンスカンパニーです。学生時代にニチジョでやったワークショップを受けて、存在感のあるすごいダンサーだなと思っていました。

私が入った頃の「輝く未来」は、キムさんが振り付けるのではなく、メンバーそれぞれが作品を作って、みんなに振り付けていくスタイルでした。私は学生時代から作品を作るのが苦手で、「自分は作家向きじゃない。」と思っていました。「私はダンサーとして徹したい。」と生意気にもキムさんに言うと、「それなら踊りに集中してくれていい。」と理解していただいて、それは今でも感謝しています。

ある時、キムさんに「未由、面白くない。」って言われました。「私はそんなに面白くないのか...。」自分を変えなきゃいけないと思いました。

その頃つきあっていた彼に結婚を申しこまれていたんですが、「結婚したらすぐに子どもが欲しい。」と言う彼と、ダンサーとしてのキャリアが始まったばかりで「育児に時間をかけられない。」と言う私と、 お互いにわかりあえず、結局別れてしまいました。彼と別れることで、自分の中の何かが変わるんじゃないかと思っていました。友達に話したら、「ばかじゃないの。」って言われましたが...。

「輝く未来」は1年契約だったので、来年も踊っていられるかどうかはわかりませんでした。キムさんは、「来年も活動は続けますけど、何人かのメンバーは切ります。」って宣言していました。キムさんも誰を残すかということではすごく悩まれたようで、メンバー1人1人にお手紙を書いてくれました。

私がいただいた手紙には、私の弱い部分やいい部分、そして「おまえは、もっと経験のある大きな振り付け家のもとで修行してこい。」と書いてありました。翌年の春、何人かは「輝く未来」に残り、何人かは切られ、私は切られました。

どうしようと思いました?

しばらく充電しようと思いました。ちょうど私が習っていたバレエ教室の先生が出産されたので、その間のお手伝いということで、バレエを教える仕事を始めました。教えるのは楽しくて、このまま先生になるのもいいなと思っていました。先生が仕事に復帰された頃に、今のカンパニーのオーディションがあったんです。

「輝く未来」は1年間でしたが、カンパニーの仕事やダンサーとしてどうあるべきかなど、学べたことがいっぱいありました。それがなかったら、たぶん「キノコ」でやっていけてないと思います。キムさんからいただいた手紙の意味を、今、改めて噛みしめています。

キムさんには、今の私の姿を是非観ていただきたいと思っています。私も踊っているキムさんをもっと見せて欲しいと思います。「キノコ」のメンバーも、みんなキムさんのダンスが好きだと言っているんですよ。

振付られることについて教えてください。

私の役割は、ダンサーとして作品にどこまで貢献できるかだと思っています。だから自分の表現で突っ走ったりすることはあまりありません。作品を作っていく過程で、振付家はダンサーに色んな言葉をかけてくれて、ダンサーはそれを消化しながら身体を動かしていきます。振付家のイメージをダンサーが表現するには、振付家の感覚を共有しないといけません。

ダンサーが振付家のフィルターというかメディアになる感じでしょうか?

そうだと思います。そこに行き着くまでは大変だけど、一旦感覚的にスッと入っていけて、振りができてしまったら不思議と「まあ当然これになりますよね。」って思えるんです。それが公演ぎりぎりまでわからなかったりして振付家をいらいらさせてしまったり、まだまだメンバーの皆さんにご迷惑をおかけしています。

感覚的にぶつかることはないんですけど、私はスロースターターで、基本ができるまでがすごく時間がかかるので、そこはもっと努力していかなくてはと思っています。

ギャラについて教えてください。

公演ごとにまとまったギャラが入ります。今のカンパニーで最初にギャラが入った時、「こんなにもらっていいの。」ってびっくりしたのを覚えています。それまでそんなにもらったことがなかったので。たぶん、メディアの仕事があるからだと思います。その他にもイベントやワークショップの仕事もあるので、ちょこちょこ細かくギャラが入ってきます。

カンパニーの仕事だけで食べていけますか?

それは、まだ無理です。だから、主宰と会社の人以外のダンサーは何かしらのアルバイトをしています。私も公演や練習がない時には、バレエを教える仕事や飲食店のアルバイトをしています。

ダンサーという仕事についてどう思いますか?

前は、ダンサーとして食べていけるかなんて考えなしに動いていました。踊っていられるだけで良かった。この業界はまだ3年目ですが、自分なりに見えてきたこともあります。

最近大学の同期の子たちと話す機会があったのですが、その子たちも芸能関係の仕事をやったり、バレエ団に入っていたりしています。でもダンスだけで食べていくのはやはりむずかしいようです。みんな「自分はダンサーです。」って自信を持って言えるし、プロ意識もあるけれど、ダンスだけでは暮らしていけない現状がある。「そこがつらい。」という話をしていました。

梶原さんは何がつらい?

私は世間的につらい。人に「何やっているの?」って聞かれ、「え...、ダンサーです。」と言うと、「それ、何?」って言われる。でもCMに出てからみんなが少し認めてくれるようになりました。バイト先でもCMを見てくれた人が、「未由さんって、実はすごい人だったんですね。」って言ってくれるんですよ。私は「でもダンスで食えないからここにいるんだよ。」って言うんですが。

企業などがもっと協賛してくれるようになればいいですね。

そうですね。今は逆にそういう予算がどんどん減らされていっていますから。学生の頃は、ダンス界のそういう事情を良く知らなかったのですが、かと言って今の学生にそんなことを言うのもどうなんだろうと思います。だって、もし今の状況、「ダンスやってもほとんどの人は食えていけませんよ。」って言ったら、「じゃ、みんな何を目指していけばいいの。」っていうことになっちゃいますよね。

私が教えているバレエ教室の生徒にも、そこはどう言っていいのかわからなくて悩みます。「先生みたいになりたい。」って言われたりするのはすごく嬉しいんですけど、このまま頑張って仮にどこかのバレエ団に入ったとしても、それだけで食べていける保証がないとなると、その道を強くすすめることもできません。

今後はどうしたいですか?

衣装はやり残してしまっていますので、機会があればまたいつか始めたいです。あと舞台監督は今もちょっとやりたいと思っています。舞台監督って、公演を円滑に進めるための仕事なんですけど、先輩の公演の時にやらせていただいて、すごく楽しかったんですよ。音響さんや照明さんや、制作の人と連携して、キュー出ししたり、開場から終演まで、タイムラインで仕切っていく感じがとっても良くて、舞台裏って楽しいなって思った。

舞台裏の仕事って、リアルに仕事だって思えませんか?

そう、そう。学生のときからそれは感じていました。自分でダンスをやっているからダンサーの気持ちも分かるし、踊っていない舞台監督さんより作品に入り込むことができると思うんですよ。40歳か50歳くらいになったらそういう仕事もいいなと思います。

結婚は考えますか?

実は最近婚約したんです。あの時別れた彼と。あれからお互いに気づいたことがいっぱいあって。お互いに頑張って、憧れていた仕事がちょっとずつできるようになってきて、ようやくあの頃の自分たちを振り返ることができるようになりました。

結婚、決まるとちょっと安心しますね。何も見えていなかったものが、少しだけ見えるようになってきました。

ニチジョ生にアドバイスを。

普通の仕事している友達に会うと、「未由みたいに夢を追いかけているのは素敵。」って言ってくれるんですよ。そう思ってくれるのは純粋に嬉しい。でも同時に「私の生活はがたがたですよ。」とも言いたい。どっちが幸せかは最終的には自分の価値観ですよね。

何をやるにしても、結局自分がどういう人間になりたいのかが大事だと思うんですよ。ダンサーやるにしても、就職するにしてもつらい状況は必ずある。何をやっても絶対につらいから、「何でつらい状況になりたいか?」っていうことだと思うんです。自分が誇りをもってできる仕事を、できるところでやるのが一番いいんじゃないかと思います。

でもこの業界で働くニチジョOGもだんだん増えてきて、現場でニチジョ関係者に会えるのは嬉しいですね。ダンスの現場で活躍している友達を見るのが一番嬉しいです。「キノコ」のオーディションにもニチジョ生が来てくれると嬉しい。「皆、頑張りたまえ。」と思っていますよ(笑)。まだまだ下っ端の私も「頑張りたまえ。」ですけどね(笑)。