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営業系
学生寮・営業

浅野 絵里(2006年度・健康スポーツ学専攻卒)

寮運営会社


実は日経新聞は、読んでいなかった。

浅野さんは、学生寮として使われる学生会館の営業をしています。今の仕事が楽しくて仕方がないという浅野さん、その楽しさの理由やこの会社に至るまでのシュウカツのお話などを聞いてみました。
<2008.11収録>

今の仕事について簡単に教えてください。

私の会社は、学生寮や社員寮の運営、学校食堂や社員食堂の受託、ホテルなど色んなことをやっています。私は、そこで働きだして2年目です。学生会館の営業を担当していて、大学や専門学校さんに、うちの学生会館を寮として利用していただく、お手伝いをしています。勤務地はお茶の水にある本社で、営業先は都内の大学や専門学校です。会社は地方にも支店があり、社員数は、準社員も合わせて4200人ほどです。

どうやって見つけたの?

就職支援サイトで見つけました。最初から、今の仕事を探していたわけではありませんが、ホテル業界を当たろうと思って、キーワードで探していたら今の会社が出てきたんです。トップページのデザインがちょっと変わっていて、みんなが太陽に向かって指をさしている、ちょっと熱い感じのイラストだったので印象に残り、説明会に行ったのがきっかけです。

他にはどんなシュウカツをしましたか?

私、もともとは子どもスポーツのインストラクターをやりたかったんです。でも、大学3年の5月に、ちょうど就職を意識し始める頃なんですけど、膝の靭帯を切ってしまい激しい運動ができなくなりました。皮肉なことに、幼児体育の授業中でした...。病院に行きリハビリを行って、いちおう回復はしたのですが、もし今後スポーツ関係の仕事を考えているなら、最終的には手術をしたほうがいいと言われました。

手術はすぐにしなくてもいいらしいので、色々考えて、これを機会にシュウカツをして他の業種も見てみようと思いました。全部で15から20くらいの会社を受けました。面接まで行ったのは、そのうち半分くらいででしょうか。シュウカツをやってみて気づいたことは、私はけっこう色んなところで楽しそうって思える人間なんだなってことでした。それまでは、子どもスポーツ一辺倒だったのですが、幅広くシュウカツすることで世界が広がりました。

どんな業種を受けたの?

始めに、高校時代の夢でもあったマスコミ業界を受けました。マスコミ業界は採用の時期が早くて、3年生の11~12月くらいから始まりました。主な放送局は、ほぼ受けて全滅しました...。商社にも行きました。商社は、顧客のお店のマネジメントや売り場の提案などもできると聞いて、面白そうだと思って受けてみました。あと、飲食のチェーンをやっている会社とか、そこは内定をいただきましたけど、仕事が厳しそうで辞退してしまいました...。芸能プロダクションも受けました。色々受けながら、今の会社にも面接に行ってました。

今の会社に決めた理由は?

正直に言うと、その頃の私には本命の会社が別にありました。それで今の会社の面接も、半分練習だって思っていたところもありました。でも最終面接まで残って、その年の採用では私が1番早かったらしく、人事の方に「浅野さん、第1号だからがんばって。」ってエレベーターの中で言われたことを覚えています。本命ではないという意識もあり、最終面接も特に固くなることもなく答えられました。それもかえって良かったのかなと思います。

本命の会社は落ちてしまったのですが、その後すぐ今の会社から内定通知が来ました。懇談会も含めると面接には4~5回行っていて、社員の方ともたくさんお会いして、ある意味親しみも感じていました。人事の女性の方の人柄にも惹かれていて「私もいっぱい悩んだから、私にはなんでも相談していいからね。」って言っていただき、実際に相談事にものっていただきました。他にもシュウカツを続けるべきかどうか迷いましたが、この会社の最後まで進めたのも何かの縁かなって思ってここに決めました。

本命の会社はどんな会社だったのですか?

芸能プロダクションでした。マネージャーをやってみたかったんです。結局、落ちちゃったんですけど...。試験は面白かったですよ。エントリーシートは、紙一枚に写真を一点だけ使って自己紹介をしなさいというものでした。私はニチジョの時、「チアボーイズ」という活動を友達と一緒にやっていたので、男の子達がスカートはいて真剣に踊っている写真を拡大コピーして、その活動について書きました。

次にグループディスカッションで、私服で来てくださいっていう通知がありました。でも、就職の本とかを読むと、そう書いてあっても...っていうのがあるじゃないですか。でも業界が業界だから、大丈夫かなと思ってほんとに私服で行ったら、他の人もやっぱり私服が多くて、あとで人事の方に聞いたら「これはほんとに私服で良かったんだよ。」って言われました。

ディスカッションは、好きなテレビ番組について10人くらいで討論して、リーダーを決めて発表するというものでした。私が「さまぁ~ず」についてあまりに熱く語ったものだから、リーダーにされてしまいました。私は、リーダーよりリーダーを支える方が好きなんですが...。SPIの筆記試験もありました。次に、5人くらいでのグループ面接、そこで私は落ちました。人事の方のブログを読むと、そのあと合宿があってそれが最終選考だったみたいです。

なぜ、マネージャーになりたかったの?

才能がある子を全力でサポートする。そういうことが自分は大好きなんです。たぶん、自分は、普通だと思っていて、「これができます!」っていうのがないからかもしれません。得意なことを自由にやっている子を見ると、「ああ、この子を応援したいな。」って思うんです。

でも、不思議なことにそこを落ちた時点で、一気に熱がさめてしまいました。タレント事務所はたくさんあるので、手当り次第にあたれば良かったのかも知れません。でもマネージャーの仕事は、最初はアルバイトでもできるような雑用的なことが多いようで、せっかく大学を出て新卒で入れる機会って1回しかないのに、もったいないような気がして。マネージャーは今じゃなくてもいいかって思ったんです。

今から考えてみれば、私はマネージャーという仕事よりも、あそこの芸能プロに入りたいって思っていただけなのかもしれません。ブランドネームと言うか、そういうことに惑わされていただけなのかも...。マネージャーの仕事は、まだあきらめてないので、いつか区切りをつけられたら、リベンジしてみたいと思っています。今の仕事が楽しいから、いつになるかわからないですけど...。

他に印象に残った会社はありますか?

シュウカツしていると、色んな会社を廻るので、社員の方にお会いしただけで、だいたいその会社の雰囲気がわかるようになります。あくまで直感なので、当たっているかどうかわからないですけど...。正直行きたくないなって思った会社もありました。

ある商社の説明会に行った時、人事の方は若くてテキパキと説明を進めていて好印象でした。質問タイムで、「今日は、なんと社長が来ていますので、社長にじかに質問できます。」って言われ、社長が登場しました。みんなも「おおーっ」となって、私も「最初の説明会で社長に会えるとはラッキー!この機会にいっぱい質問しなきゃ。」って思い、張り切って手をあげました。そして「社長が働くにあたって、いちばん大事にしていることは何ですか?」って質問しました。

そうしたら、社長は「うーん、その質問は幅広くて答えられないから、もうちょっとしぼって。」って言われました。続いて他の人の質問にも、「もうちょっと具体的な質問にしてくれる?」...、そんなやりとりがしばらく続いて「どうして答えてくれないんだろう?」と思いました。人事の人はすごくがんばっているのに、社長がそれに答えていない感じがして、ちょっとがっかりしてしまいました。あの社長は登場しないほうが、かえって良かったんじゃないかなって思いました。

今の会社に入社してみてどうでした?

実は今の会社は、事前に説明を聞いても仕事の内容が今ひとつピンときませんでした。会社が1部上場しているのを知ったのも、内定後しばらくたってからです。それくらい、どんな会社か知らなかったんです(笑)。私は、人事総務部が希望でした。色々相談にのっていただいた先輩がいることや、仕事内容が想像できたから。でも実際に配属になったのは、学生会館の事業部でした。

ほんとに右も左もわからなくて、配属されて1ヶ月間は、15、6人くらいの先輩の営業に同行して、営業のやり方を勉強しました。配属して3日目くらいに、転勤で地方兼務になる先輩がいるので、その先輩が持っている学校さんを全部引き継ぐようにって言われ、私は驚きました。もう、めっちゃプレッシャーで「いや、無理です、無理。」って口走って、一時はかなり憂鬱でした。

実際には、学校さんに営業に行く時は、先輩が東京に戻っている時に一緒に行ったりしたので、それほど心配することはなかったのですが。先輩は色んなことを1から教えてくれて、仕事を引き継いでからも何かとサポートしてくれました。仕事の内容は時期によってやることが違っていて、4月から9月までは、営業先にご提案をしたりする、言ってみれば「タネ植え期」でした。

そして10月から3月までは、本格的に学生会館への申し込みをしていただく「刈入れ期」です。1 人でこなせないことができた時などは、転勤先の先輩に電話で「今日、学校さんからこんな宿題が出たんですけど、どうしたらいいですか?」って聞きながらやっていました。実際に仕事を始めてみたら、予想外に楽しくて、こう言ったら変ですが、同期の中では一番楽しい仕事をやらせてもらったって思っています。

何が楽しかったの?

それはですね、学校さんと提携をするとパンフレットを作れるんです。内容は学生会館の紹介や、寮周辺の情報などが載っています。それを自分で作るんですよ!といっても、実際の作業は印刷会社にやってもらうのですが。主に私がやるのは、寮周辺の情報を載せる周辺マップのページです。これを作る作業が、ほんとに私は好きなんです(笑)。

私、実は、ニチジョの大学案内の「WILL」が大好きだったんです。高校3年生の頃はいつも、「なんて楽しい大学案内なんだ!」って思って見ていました。「WILL」にも千歳烏山周辺マップとかあるじゃないですか。だからあれが、結構ヒントになっています。

新規の営業先の学校に、私が作ったパンフレットを持って行って「こういうのもできます。」ってご提案すると、みんな「それはやって欲しい。」って言われるんです。だから私、いくつも作らなくちゃいけなくて、大変なんですけど、でもそれが楽しいんです。取材先を回って、自分で写真を撮って、すっごい大変ですよ、ほんとにもう。大学のオープンキャンパスに合わせて作ったりするので、暑い時期に取材して汗だらだら流してやっています。

営業をやりながら?

もちろん日中は営業をやっているので、営業のない日や会社に戻ってからやるんですけど。他の人は、間違ってなければいいって感じで要領よくパッパとやっているのに、私はデザインとかにこだわっちゃうんですよねー。文字校正も自分でやるので、一字一句間違えてないか、何度も見直します。それでも間違っていたりするんですけど。間違いを発見した時は、「どうしてあの時気づかなかったんだろう。あの時の自分に戻りたいっ!」ってすごく思います。

そんな調子で、ついついこれに夜遅くまで時間を割いてしまうことがよくあり、「おまえはパンフレット屋じゃないんだぞ。」って上司に怒られたりしました。私は「はい、わかってます。でも好きなんです、コレ。」って言って...。それくらい、私はこのパンフレットに全力を注いでいるんです(笑)。

どうしてそんなに一生懸命になったの?

やっぱりパンフレットを見て、入寮するかどうか最終的に決めると思うんです。去年、初めてこのパンフレットを作る時、先輩に「S大学さんと提携している学生会館は、100人入寮してもらえる見込みがある。1人入寮すると、諸費用を合わせて年間でおよそ150万円。100人だと全部で1億5千万円。大げさに言えば、それだけの売り上げがこれ(パンフレット)で決まるんだからな。」って言われて、私は「やばいじゃん!」って思ったんです。

このパンフレットで1億5千万が左右される?!私は、初めてそこで売り上げというものを意識しました。それで「この仕事は大事にしなくちゃ。」って思い、その時に火がついて面白くなり始めたんです。

うちの部署では、個人的なノルマっていうのは全くないんですけど、部署全体で、年間5大学さんと新規提携っていう目標があります。私は去年、当たり年で、今まで先輩たちが営業してくださっていたところを引き継ぎ、そのままちょっとがんばったら、3つも新規提携できたんです。だからといって、なんのご褒美もないのですが、新しいパンフレットを3つも作れちゃいました(笑)。

そういう仕事を専門にしようとは思わない?

どうなんでしょう...?そればっかりやっているところに入ったら、それが仕事になって...。デザインや編集の専門知識を学んでいくのは楽しいと思うんですけど、自分にやりきれるのかって思うと、そこはちょっと不安です。専門になれば、もっともっとシビアなところを突き詰めていかなければいけないでしょう。そういった仕事を究めてやりたいかって言ったら、それもちょっと違う気がする。やっぱり今の営業という範囲の中で、パンフレット作りが好きだからがんばろうと思ってやっているのが、私には一番楽しいんじゃないかなって思ったりもします。

仕事で今悩んでいることは?

バランスよく仕事をするのが中々難しいですね。スケジュールを自分で決められる分、どこをどうやって要領よくやっていけばいいのかっていうのが、2年目の悩みです。1年目は、言われたことをガムシャラにやってきただけだったので、2年目はもっと自分で考えてスケジュールを組んだり、仕事の優先順位をつけてやれるようにならなきゃって思っています。

暗い顔をしているところにはいい人は集まらないと思うので、1年目、私はいつも笑顔でやっていました。先輩に「もうそろそろ笑顔だけじゃ通じないからな。」って言われて、「ドキッ、中身もちゃんと蓄えていかないと。」と今は思っています。

ニチジョに入った理由は?

高校の頃、子どもスポーツや幼児体育に興味がありました。もうひとつの夢は、マスコミ業界に行くことでした。だから、体育大に行くか、マスコミ関係の学科に行って社会学とかそういうことを学ぶか迷っていました。高校2年の時、担任の先生に相談したら、「体育は、大学を卒業した後でも専門学校とかで学べるけど、社会学は、体育大に行ってからやろうと思っても中々できないよ。」って言われました(今考えればどっちもできると思うんですけど)。その先生はきっと、一般大に行かせたかったんでしょうね。

でも高校3年になると、担任が体育の先生に変わって、めちゃガタイのいい体育の先生の見本みたいな人でした。面談で、体育大か一般大か迷っているっていう話をしたら、「おおそうか!もちろん浅野は体育大に行った方がいい!一緒にがんばろう!」って言われました。

高校時代の体育の成績はいちおう5でしたが、私は家庭科部だったし「実技ではだめだと思うんで、筆記試験でいきます。」って言ったら、「いや、浅野はセンスがあるから実技で行けっ!先生が放課後特訓する!」って言われてしまいました。結局ニチジョに推薦で合格できたので、特訓は受けずにすんだんですけど。

最終的にニチジョに決めたのは、幼友達のなっつに「ニチジョはスポーツも幼児も両方あるからどっちも勉強できるんじゃない。」って誘われたからです。なっつとは、小さい頃から同じバレエ教室に通っていて高校も一緒でした。なっつのお母さんがニチジョの卒業生で、バレエ教室の先生もニチジョの先生の教え子だったこともあって、彼女もニチジョにAO入試で入りました。

だから結局、他の大学は受けずにニチジョだけ。社会学はどっかに行っちゃった(笑)。流されやすいと言えば、そうなんでしょうね。まあでも、運命なのかなって思っています。全然後悔してないですし。

ニチジョ時代のことを教えて

ニチジョに入ると、なっつと一緒にチアダンスサークルに入りました。1年の時、高校時代の友達から「弟が、文化祭でチアダンスをやりたいって言ってるんだけど、教えられない?」って訊かれ、2人で地元の男子高校に教えに行きました。その時は、単にクラスの出し物だったんですが、文化祭が終わったあとに有志の生徒たちが愛好会を作り、これからも教えてくださいって頼まれました。それが「チアボーイズ」の始まりでした。

私は、振り付けはまったくできないので、なっつが振り付けや選曲をやりました。私は、曲を編集する作業とか、方向感覚が悪いから案内するとか、彼女が考えた振り付けを覚えておく(彼女、すぐ忘れるので)とか、彼女の足らない部分をフォローしました。彼女は作ることがすごく得意で、私は作ることはできないから、そういう創造性がある人を、私は尊敬をするんです。

「チアボーイズ」で、なっつを全力で応援するっていうことが、何より達成感を得られる瞬間でした。だから私は、マネージャーという仕事にあこがれたのでしょうか。

子どもスポーツは?

高3の時、ニチジョに受かった頃は、子どもスポーツのことばかり考えていました。やりたくてしょうがなくて、もう今からでも大学に通いたいみたいな、それぐらい。推薦で受かったのは11 月なので、入学まで半年もあいて、ちょっと熱も冷めた頃ニチジョに行って、チアダンスサークルに入ったこともあり、最初の1年間は、漠然と子どもスポーツやろうかなって思うだけで、特に何もしませんでした。

2年生になって、学内で学童保育のチラシをみつけ、「そうだ。私、子どもスポーツをやりたかったんだ。」って思い出して、そのバイトを始めたんです。そうしたらそれは、外で子ども達と遊ぶみたいな仕事で、それがすごく楽しくて、これがほんとに私がやりたかったことだなって思って、やっぱりこれを仕事にしようって思いました。だから靭帯を怪我した時は、将来の目標がいきなりなくなってしまい、ちょっとあせりました。

でも、あれだけ子どもスポーツって思っていたのに、できなくなってもなぜか全然悔しくありませんでした。「楽しかったから、これで終わりでいいんじゃないか。」って思えたんです。それまで、子どもスポーツ一辺倒だったんだけど、吹っ切れたというか、燃焼しきったのかな...。大学時代に、学童保育のアルバイトとか、バレエ教室の小さい子を教えるお手伝いをしたりとか、そういうことをやってきて、それで満足しちゃったのかもしれません。

切り替えが早いんだね。

そうなんでしょうね。もうちょっと悩んだほうがいい、悩んだらどうにかなることもあるだろうって思うんですけどね。すごい失敗をして落ち込んだこともないからか、どこに行ってもどうにかなるって思っちゃうんです。たぶん仕事も、よっぽどひどいところじゃない限り、それなりに楽しめてしまうんだと思います。

なぜか自分の中には、やりたいことがかなっちゃう不安っていうのがあり、マスコミだって、マネージャーだって、ほんとにやりたかったら雑用でも何でも、そっちの道にガムシャラに進めばよかったんですけど、いざそこに行って実際にやった時に、「あ、違う」って思ったら、私、もう行くところがないって、それがちょっと怖くて...。

今も営業の仕事をやってみて、やっぱり合わないって思ったらこっちもあるっていう逃げ道を作っておきたいのかも。でも仕事をやってみたら、びっくりするくらい楽しかったけど(笑)。今は、仕事が恋人ですって言ってもいいくらいこの仕事が好きでやっています。いつか逃げ道じゃなくて、今の仕事の楽しさを追求し終わったら、もう一個楽しみがある、そんな風になりたい。

今の夢を教えてください?

今の仕事もまだきっちりできてないのに、他の仕事を夢とは言えないような気がします。こっちでちゃんと仕事ができて、後輩達にも教えていけるようにならないと、今の仕事にも他の仕事にもどっちにも申し訳ないですよね。だから、マスコミやマネージャーの仕事は、今でもちょっと気になる存在ではありますが、でもそれは、今のところプライベートで考える趣味のようなものかな。

こんなことをここで言っていいのかわかりませんが、今の夢は、ニチジョと提携することです。ニチジョにも営業はしてますが、まだまだ私の努力不足です...。今期の提携は無理なので、時間をかけていい関係を作っていきたいと思います。ニチジョは地方生の子が多いですから、需要はあると思います。ニチジョって1学年600人くらいですか?だったら、15~20人くらい入ってくれれば...。

すごい仕事の頭になっていますね(笑)。

ええ...?。でも、そういうの、考えるのも楽しいんです。今年は特に3月までに、新しく提携した学校さんの入寮生がどれだけ増えるのかっていうのが、すごい楽しみで。仕事が楽しいのは、やっぱり運良く新規提携できたり、そういう仕事ができているからだと思うんですけどね。やっぱりそれがなかったらつまんなかったと思いますよ。自分が提携して、結果が待ち遠しい学校さんがなければ。電話を取るだけの毎日なんて絶対いやだと思いますし。

自分がやってきたことの結果が見えるっていうことだよね。

そう、そう。そこなんです。それが楽しみなんです。

最後に、ニチジョ生へのメッセージをお願いします。

シュウカツで言うと、嘘をつかないっていうのが大事だと思います。面接でもちゃんと答えたいのなら、勉強しなくてはいけないですし、勉強してないならそのままを出さないと、選んでくれる会社に失礼かなって思います。私の経験で言うと、今の会社を受けた時に、副社長2人を前にしての面接だったんですけど、「浅野さん、新聞とか読まないでしょ?」って聞かれたことがあり、私は「はいっ、読まないですね!」って言っちゃったことがあります(笑)。でも後で、「本は読みます。」ってフォローしたんですけど。

まあ、それはちゃんと新聞読めっていう話で、「毎日、日経新聞読んでます!」とか言えれば一番いいんでしょうけどね。だから、そうことで嘘をつきたくない人は、ちゃんと新聞読むべきだと思うし、その努力は絶対報われると思うんです。でも、もし読んでいないなら、ちゃんとそれは正直に言った上で、自分が頑張っていることを言ったほうがいい。

私はさいわい、他でカバーできる部分があるって見てくれたのか、こいつは素直だから会社に入ったらちゃんと伸びるって見てくれたのかわからないですけど、それでも認めてもらえた。たぶんそのほうが、お互い間違いがないというか、嘘をついて採用してもらったわけじゃないので、お互い納得のうえ、内定していただいたと思えるし。

入社してからも、浅野は今このレベルだってわかった上で、私に合った育て方をしてもらったかなって思っています。やっぱり体育大なので、「勉強はちゃんとしてきたの?」とか訊かれることもあると思うんですけど、そこは素直に本当のことを言っても大丈夫なんじゃないかなって思います。素直に言っても他のことで認められる大学だと...。

正直な自分を出そうっていうことだよね。

はい。じゃないと、たぶん採用されてからも窮屈だと思いますね。日経読んでないのに読んでましたって言って入ったら。まあでも、読んでいるのが一番いいんですけど。読んだんですけどね、3日ぐらいは(笑)。